第六百十八夜

 

定期試験の最終日、試験後のホームルームで担任が、五名ほどアルバイトを雇いたいというので立候補した。在校生の定期試験の終わった明日からは中等部の推薦入試が始まるそうで、そのために各教室の机を運び出したり長机やパイプ椅子を運び込んで並べたりとどうしても人手が掛かる。それを在校生に少々の小遣いを渡して手伝わせるという。
私には特に予定もなく、帰宅しても煩い妹がいるだけだったからそれに立候補し、友人と二人で『倉庫』の担当となった。

『倉庫』といっても部屋の前後に黒板がある、ごく普通の教室として作られた部屋で、生徒数が減って余った教室のうち、最上階で不便かつ北側の突き当りで陽当りの悪いために、普段使わぬ机や椅子の保管場所として使われているだけのものだった。

『倉庫』の正面や隣は各教科の資料室の札が付けられており、年に一度か二度しか使わないような大きな世界地図だとか岩石の標本だとかが収納されているのが扉の小窓から覗いて見えた。

手渡されたプリントの指示に従って長机とパイプ椅子の分配をして仕事は終わり、担任に報告をして帰ろうという段になって、友人がトイレに行きたいと廊下の突き当りを指す。なるほど、暖房も効かず陽も当たらない中で身体は冷えた。が、だからといってこんな寒々しい廊下の角のトイレに入らなくてもと止める間もなく、彼女は私の手を引っ張ってトイレへ引き摺り込むと洗面台の前に立たせ、何だか薄暗くて気味が悪いから、そこで待っていてほしいと言って個室に消える。

滅多に使われないのであろうトイレのやけに埃っぽい空気に眉を顰めつつ、仕方無しに友人を待っていると、鞄の中でスマート・フォンが振動した。母からの電話だ。タイル張りのトイレでは声が反響して電話に向かぬ。そっと廊下に出て電話を受けると、帰宅途中にお願いと言ってお遣いを頼まれた。通話を終えてメモを取りながらトイレの入口へ戻ろうとすると、中から真っ青な顔の友人が飛び出してきて、
「ね、ずっと廊下に居た?」
と囁くような掠れ声で悲鳴を上げる。
「ごめん、お母さんから電話で」
と頷くと彼女は再び私の手を取って、陽当りの良い階段の踊り場まで走り、早口に事情を説明してくれる。

曰く、トイレから出て行く私の足音を聞いて不安になった彼女が、
「そこで待っててってば!」
と声を掛けると、個室の扉のすぐ外から、
「大丈夫、ここにいるよ」
と、聞き覚えのない声がしたのだが、意を決して個室を出れば案の定、そこには誰も居なかったのだそうだ。

そんな夢を見た。

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