第六百十二夜

 

仕事から帰宅して夕食を撮ると直ぐ、前日から準備していた荷物を車へ積み込んで友人宅へ出発した。彼のキャンプ趣味に興味を持った私が何処かへ連れて行ってくれと頼むと、二人分の用具は十分にあるのだが彼の車には積みきれないので私の車を出してくれと言われてのことだった。

小一時間運転を続け旧街道から彼の住む住宅街へ入る脇道へ入ると直ぐに、友人がコンパクト・カーを所有している理由が察せられた。戦後間も無い頃からなのかはたまたそれ以前からなのか、細い道は微妙なカーブの連続で、そこへ後から無理矢理に立てたのだろう電信柱が障害物として立ちはだかる。各々に街灯が付けられて視認しやすいのがせめてもの救いだが、私の車の車幅と運転の腕だと対向車については来ないことを祈るしか無さそうだ。

万が一にも事故を起こさぬよう、暗い夜道を亀のように徐行していると、不意に左手に見える二本先の電信柱になにかが動いた。それはショート・ボブくらいの長さの女性の頭のようで、LEDの街灯のぎらぎらした光を栗色に反射していたが、ほんの数秒で闇に消える。

夜といってもまだ早い時間だから、女性が一人歩きをしていたからといって不思議でもない。LEDは照らす範囲こそ明るいがその外となるとからきしだから、彼女が歩いて範囲から出たために、明るさに慣れた目には消えたように見えたのだろう。

そう思って十秒ほど進むが、一向に彼女の姿は見えない。道の左手はずっと高い壁が続いているから何処かで脇道や家に入ったはずはないし、道を横切ったのならこちらのヘッドライトに照らされるはずだから、気が付かない訳はない。

腑に落ちぬまま徐行を続けて友人宅の前に車を付け、彼の用意してくれていた大量の用具を荷物を積み込みながら、妙なものを見たのだと話すと、
「ああ、あの寺の裏の道だろう。子供の頃からずっと、いろんな噂のあるところなんだ。俺は一度も見たことが無いけれどね」
と、涼しげな顔で言うのだった。

そんな夢を見た。