第六百八夜

 

偶には外で食事でもしようと約束し、仕事帰りの彼女を待つ間、珈琲でも飲んで時間を潰すことにした。食事といってもこちらは休日で店も堅苦しい高級店ではないから、ジム帰りの普段着姿だ。

駅構内のチェーン店を見つけて珈琲を受け取って、外から見えやすいようガラス張りの壁面の脇の席へ腰を下ろす。メッセージ・アプリで彼女へ店の情報と座っている位置とを伝えれば一安心、しばし読書に集中できる。

タオルや着替えその他の入ったナップザックを隣の席に起き、中から取り出したタブレットで雑誌を読みながら時折珈琲を啜る。

暫く読書に没頭していると、顔とタブレットとの間に小さな手が現れてひらひらと踊る。驚いて顔を上げると、彼女がこちらを見下ろして、声を掛けても反応がなかったと叱る。

謝りながら冷めた珈琲を飲み干して荷物を片付け始める傍らで、
「さっきのあの人は、誰?」
と不思議そうな顔をする。

あの人とは一体誰のことかと問い返すと、店の外から私の姿を探した際、隣の席からタブレットを一緒に覗き込むスーツ姿の男を確かに見たと主張する。こちらにはそんな人物に心当たりはない。いくら読書に熱中していたといっても、わざわざカウンタ席で隣に座ろうとする人物が居て無視をするはずがない。どちらの席に座っていたのかと尋ねると、
「向かって左だったから……」
と彼女は私のザックの乗った丸椅子を指差して怪訝そうな顔をして、荷物はずっとここにあったのかと問うので、そのはずだと答えて席を立ち、二人でそそくさと店を出た。

そんな夢を見た。