第五百九十二夜
新学期を迎えて二日目の朝、目が覚めると寝汗で寝間着代わりのシャツが肌にべったりと張り付いていた。さっさと着替えて顔を洗いに共用の洗面所へ向かおうと部屋を出ると、何だか辺りが騒がしい。階下から上がってきた級友に尋ねてみると、寮長が倒れて救急車で運ばれたのだという。
「あのサイレンで起きないなんて図太いものだ」
と笑い、朝食の準備が遅れているから、早く支度をした方がいいと忠告してくれる。
言われるままに顔を洗って制服に着替えて食堂へ下りると、確かにいつもより随分と混みあっている。隣の席にやってきた先程の級友に、暇潰しがてら寮長の容態について尋ねてみる。
彼曰く、第一発見者は野球部の一年生達だったそうだ。朝一番で隣接する学校のグラウンドへ行って練習準備を整えるのだが、今日はいつもの時刻になっても玄関の鍵が掛かったままになっていた。これまで寝坊したことのない寮長を心配して彼らが寮長の部屋を訪ねると扉の鍵は開いていて、着替えの途中らしい姿の寮長が床に伏していて、慌てて救急車を呼んだ。駆けつけた救急隊員によると脳梗塞らしく、発見が早かったのは幸いだったそうだ。
庭木や花の手入れが趣味なのかいつも寮の周りを掃除している気の優しい寮長のことを嫌う寮生は居ないだろう。それは良かったと返すと、
「ただ、一つだけ妙なことがあるらしくてな」
と彼は目頭に力を入れて不敵に笑ってみせる。何のことかと聞き返すと、
「中庭に箒が落ちてたんだってさ。寮長は朝起きて部屋から出る前に倒れてて、庭の掃除に出てないし、そもそも玄関の鍵も寮の門も閉まってたのに。寮長の魂だか生霊だかが庭の掃除でもしてたんじゃないかって、一年共が盛り上がってたよ。昨日片付け忘れただけだろうに」
と肩を竦める彼と、几帳面な寮長にそんなことがあるのだろうか、いやそれが脳梗塞の前兆だったのかもしれないと言い合う。
――或いは本当に魂だか生霊だかが……?
そんなことを考えながら、漸く順番の回ってきた朝食を受け取りに席を立った。
そんな夢を見た。
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