第五百八十八夜

 

店の前に張り出した日除けの簾の陰へ置かれたプラスチック製のベンチに片膝を上げて祖父と向かい合い、将棋を指していた。毎年夏休みになると、姉とともに母の実家である海辺の雑貨屋に預けられ、こうして将棋を指す。

午前中は学校の宿題や通信教材の課題、午後は将棋やら虫採りやら釣りやら海水浴やら、祖父は店番の傍らでずっと面倒を見てくれる。

ただ不満な点が一つあり、店の目と鼻の先に海があるにも関わらず、盆に入ると海水浴も釣りも磯遊びも、海の遊びはさせてくれなくなる。理由を尋ねると、昔から盆には海に入らないものだと伝えられている、地獄の釜の蓋がどうこうと迷信を信じるわけではないが、実際に海には海月が増えて宜しくないからと、何故か申し訳無さそうに頭を掻くのが常だった。

穴熊に組んだ自陣に祖父の角が睨みを利かせてきたところで、砂利にロープを張った駐車場へ県外ナンバの車が入って来た。接客のために祖父が席を立つと間もなく車から降りてきた派手な男女二人連れがかき氷やら焼そばやらを頼んで、店の軒先の丸テーブルに着く。

何か手伝うことはあるかと尋ねると、祖父は目を細くして、手にした炭酸飲料の瓶をお出しするように言い付け、それが終わったら次の手を考えておけと言って鉄板に油を引く。受け取ったそれを二人に出すと、女性客が猫撫で声で便所を借りられないかと尋ねる。店内に案内板があると答えると彼女は礼を言って席を立ち、様子を伺いながら店の中へ入って行く。

ベンチに戻って将棋盤を睨んでいるといつの間にか商品を出し終えたのか、二人分の麦茶をジョッキに入れて祖父が戻って来る。暫くするとご馳走様でしたの声がして、祖父が席を片付けに席を立ち、手伝いをしようと後に続く。

と、男性客が椅子の肘掛けに両手を突っ張り頓狂な声を上げる。よく聞けば脚に力が入らずに立ち上がれないらしい。祖父は笑いながら二人に歩み寄り、心配そうに手を貸そうとする女性客へ、
「もう一休みなさっていって下さい」
と声を掛け、店の中から口直しになりそうな菓子を持ってくるように私に告げる。
どういうことかと声を荒らげる二人に、
「その椅子がちょっと不思議なもので、酷い雨の降る前になると座ったお客が立てなくなるんです。直ぐに一雨来るんでしょう」。

祖父は私の持ってきた最中を二人に差し出し、
「ここらの夕立は三十分も掛からずに止むから、熱いお茶でも召し上がって、それまで雨宿りでも。こちらはサービスですので」
と店の中へ入って行き、二人の客は狐につままれたような顔でその後姿を眺めていた。

そんな夢を見た。

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