第五百七十四夜

 

バイクの事故で脚を折って入院して約一週間、そろそろ退院してリハビリという頃合いの土曜の朝に、友人が夫人とともに見舞いの果物を持って見舞いに来てくれた。

入院中既に幾度も連絡を取り合っていたのだが、まず口を突いて出たのは、
「先輩を巻き込まなくて本当によかった。済みませんでした」
という謝罪の言葉だ。彼はツーリング先の休憩中に知り合った近所のバイク乗りで、何となく先輩と呼んでいる。先週末の昼下がり、近所の山道を私が先導して走っていると、トンネルの出口で幻惑されて目の前に障害物があると錯覚し、それを無理に避けようとして一人で転倒したのだ。下手をすれば先輩を巻き込んで、更なる大事故になっていたかもしれないと思うと、何度、
「いやいや、実際巻き込まれなかったんだから、もう気にしなさんなって」
と言われても、何処か罪悪感が拭えない。

夫人がお土産のリンゴを剥いて紙皿に並べてくれ、それを受け取りながらまた謝る。すると彼女は、
「それ、何ですか?」
と、こちらの胸元を見つめながら自分の首元のネックレスを摘んで見せる。

そう言われて自分の胸元を手で探り、紐を手繰って寝間着の外へ引っ張り出したのは、入院後に看護師の一人から渡された紫色のお守りだ。

入院二日目の朝に検温で病床を訪ねてきた彼女は唐突に、
「某山のトンネルでの事故ですか?」
と骨折の原因を尋ねた。もう噂されているのかと思ったがそうではなく、
「私――実家が神社なんですけど――たまに『そういうの』が見える質で……」
と彼女は前置きし、後ろに女が憑いている、以前同じ場所で事故を起こした男に憑いていたのと同じ女が見える、手前味噌だが多少は役に立つはずだからと、彼女の実家のものだというお守りをくれたのだ。

その手のものは信じないのだが、身の回りの世話を任せなければならない相手が好意でしてくれたことを無下にして機嫌を損ねても得にならぬと判断して、こうして言われるがままに首から提げているのだと説明する。と、面白そうに話を聞く夫人の隣で先輩が青い顔をして、
「お前が倒れたとき、俺も見たんだよ。お前は確かに、トンネルの出口に突っ立ってた女を避けようとしてた」
と、絞り出すように呟いた。

そんな夢を見た。