第五百六十九夜

 

入線してきた電車に乗り込むと目論見通りに人は疎らで、七人掛けのシートの両端と中央に一人ずつが座り、片側四枚の扉周辺の隅に数人が立って乗っているばかりだった。

座席はがら空きではあるものの、誰か一人の隣へ腰を下ろすのもためらわれ、プラットフォームと反対側の扉へ肩を預け座席を背に位置取ることにする。

経験上、夕方の帰宅ラッシュが終わった後、最終電車まで少し余裕のあるこの時間帯が最も乗客が少ない。疫病を徹底的に忌避しているというわけでもないが、君子危うきに近寄らず、避けられる人混みは避けて過ごしているのだ。

間もなく案内のアナウンスが流れ、扉が閉じて発車する。梅雨入りして気圧が低く湿度が高いせいか今日は眼精疲労が酷いため、スマート・フォンの画面を見る気にはならず、何となく窓外の景色を眺める。

景色と言っても、もう夜もいい時間ですっかり暗い。ただ長雨が降って艶めいた空気越しに、沿線の灯を眺めるだけだ。

暫く外を眺めていると赤い灯の点滅する踏切が近付いてくる。地域にもよるのだろうか、最近は付近の住民から文句が付いてカンカンカンというあの独特の警笛の鳴らない踏切が増えていると聞いたことがある。

傘を差して踏切の前に佇む人々の姿をぼんやりと眺めていると、その前に半透明の大きな人影が横切る。蒸し暑い季節に相応しく、水色のノースリーブを着た女性だ。勿論、半透明の大きな女性など居るはずがない。車内の人物が窓ガラスに写り込んだのだ。

次の駅で下りるのに、改札近くへ移動しようと車両を移って歩いてきたのだろう。振り返って車内を見ると、しかしそこには乗り込んだときと同じだけの客しかいない。扉前の空間に何人立っていたかまで詳細に覚えているわけではないけれど、人影の歩いていった方向に、水色のノースリーブを着た人の姿は見られない。

冷たいものの走る背中の後ろを、赤く明滅を繰り返す警告灯が通り過ぎた。

そんな夢を見た。