第五百六十五夜

 

よく晴れて見晴らしの良い田舎道を自転車で走っていて、ふとその光景に見覚えがあるのに気が付いた。

といって、ほんの一ヶ月半ほど前にも同じ道を同じように走ったのだから風景に見覚えがあって当然だ。前回は桜を、今日は菖蒲の類を撮りに、カメラを背負って自宅から片道一時間半ほど離れた沼のある公園へ、運動を兼ねて自転車を走らせているのだ。季節が進んで農地や藪の緑は濃くなって見える景色に多少の差はあるが、それでも見覚えのある道であるのに何の不思議もない。

では何故そんな光景に既視感にも似た印象を受けたのか。不思議に思いながら自転車を漕いでいると突然ペダルが重くなり、続いてペダルの負荷が抜ける。驚いて慎重にブレーキを掛けて路肩に自転車を停める。

チェインが外れたのだろう。しゃがみ込んでチェイン回りを確認すると、チェイン・リングにごっそりと黒く細い髪の毛のようなものが巻き付いている。
気味悪く思いながらも、ここまで既に片道一時間ほど走っている。その道程を自転車を押して歩いて帰るのは御免被りたい。鞄の中に忍ばせてある最低限のアウトドア用品でどうにかならぬかとあれこれ弄る。と、俄に空が曇って細く雨が降り始め、慌てて鞄から雨合羽とレイン・カバーとを取り出す。

再び自転車の脇にしゃがみ込んで髪の毛と格闘を始めようとして、目の前の光景に驚いた。もう何年前のことだろう、口にするのも憚られる陰惨な殺人事件の被害者の死体が遺棄されていた現場として報道されていた、まさにその場所に違いない。

この髪の毛は、まさか被害にあった少女の……と、あり得ない想像が頭から離れず、絡み付いた髪の毛を解し、掻き出す手は根拠のない焦燥感に震えて作業は捗らなかった。

そんな夢を見た。