第五百四十二夜
マニュアル通りに本社への連絡等を終え漸く一心地着いて珈琲を淹れ、傍らの警官達に一杯どうかと勧めると案の定「勤務中だから」と断られた。
案の定というのは、私が彼等の元同業者だからのことで、彼等は連絡役の名目で置かれた、私に対する監視役である。私が彼等の監視対象になっているのは、自殺現場の第一発見者だからである。
彼等の真面目さを称賛してから同僚と二人で珈琲に口を付ける。すると彼等の一人に無線が入り、暫くして刑事達がやってきて、
「お手数ですが、もう一度発見時の様子を伺えますか?」
と尋ねるので、つい一時間ほど前の説明を繰り返す。
午後十一時に正門を締め切ると、当番の一人が正門、もう一人が建物の施錠の確認と敷地内の見回りに出ることになっている。敷地はそれなりに広く、何事もなくともゆっくり回れば三十分は掛かる。
十五分ほど、普段通りに何の異状もなく見回りをして、敷地の端の建物へ着くと、入り口の扉の錠が掛かっていない。無線で正門前の守衛室に居る同僚に異状を知らせてから、念の為に居残っているものがいないか確かめるべくその中に入る。暗く静まり返った建物内に、
「どなたかいらっしゃいますか」
と問う私の声が虚しく響く。一階から二階、三階と上り、四階へ上がると、廊下に振り向けた懐中電灯の灯りの中を人影がよぎって見える。声を張り上げて、
「もう閉門時刻を過ぎてますよ」
と呼びかけるも返事はない。人影の向かったのは反対方向の階段で、小走りでそちらへ向かうと冷たい風が吹き下ろしてくる。それで屋上へ出る扉が開いているものと気付いて屋上へ出ると、金網の向こうに立つ白いコートの人影が身を投げ出し、数秒後に嫌な音が続いた。
「それで守衛室に連絡を入れて建物の下へ向かったんだけど、もう見るからに手遅れな様子で、警察の到着までその場に待機。その後は皆さん御存知の通り」。
そう説明すると、手帳を睨みながら話を聞いていた刑事が口を開き、
「つまり、飛び降りを見たのは十一時十五分頃?」
と問う。
「一階一階、それこそ便所の個室まで呼び掛けて回るから、もう少し後」
と答える私の後ろから、
「私が日誌に付けたのが二十二分で、その直後に通報をしています。救急に問い合わせれば確認はできるかと」
と補足する。刑事は眉間に寄せた皺をより深くして、
「実はご遺体の周りの血がほとんど固まっていましてね。ご遺体自体もかなり冷たくなっていて、正確なことはこれからなんですが、少なくとも三、四時間は前に……」
と私を睨む。
「ああなるほど」。
屋上の足跡と靴を照合してくれれば、私がどうにかしたのでないことは直ぐに証明できるだろう。そう伝える私に、驚かないのかと刑事が尋ねるが、
「警官をやっていたらこれくらいのこと、少なくとも同僚から話を聞くくらいはあるさ」
というと、彼もなるほどと言って頷くのだった。
そんな夢を見た。
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