第五百四十一夜

 

折角の休日だというのに寝覚めの悪い朝だった。十年ほど前に老衰で死んだ犬が夢に出たのだ。いや、ただ夢に出るだけならば何の問題もないどころか、内容に依っては嬉しいくらいのことなのだが、内容がよろしくなかった。

実家の庭の犬小屋の前で尾を怒らせて立ってこちらを睨み、鼻に皺を寄せて大きな声で幾度も吠える。朝の散歩に連れて行く役だった私にはよく懐いていて、そんな風に吠えられたことはなかったように思う。

だらだらと顔を洗い、簡単な朝食を済ませると、疫病騒ぎもあって長いこと帰っていない実家の母に電話を掛けてみる。

お互い元気にしているかなどお定まりの遣り取りをしてから先程見た夢の話をしてみると、母は声の調子を一つ落として、
「ああ、やっぱりあの子も怒ってるんだねぇ」
と溜め息を吐く。

どうかしたのかと尋ねると、
「それがねぇ……」
ともう一度溜め息を吐いてから母の言うには、父が庭の手入れをするうちに、梅の木を引っこ抜いたのだという。ただの梅の木という訳ではない。

彼が死んで我が家では、死別が辛いから犬はもう飼わない。犬を飼わないのなら犬小屋は要らなかろう。犬の居ない犬小屋を見るのもなんとも忍びない。そんな議論をして犬小屋を壊し撤去することにしたのだが、ぽっかりと空いて土の剥き出しになった庭の一角が、それはそれでもの寂しい。そこで、散歩道の途中にあるお宅で彼をよく可愛がっていてくれた奥様が手向けにと持って来て下さった梅の小枝に根を出させ、犬小屋の跡地に植えたのだ。数年前から小さいながら花も咲かせるようになって、母は毎年写真を送ってくれていた。

その梅の木を、父が引っこ抜いたという。
「疫病騒ぎで出掛けなくなってから、ちょっとボケが始まったみたいでね。梅は一応植え直したけど、根を掘り返してるから弱ってるわよねぇ」
と嘆く母に、ボケ防止ならやっぱりもう一度犬を飼って、散歩に連れ出してみてはどうか、私の夢枕に立った犬も父に怒ってというよりは、私に父を心配しろと吠えたのかもしれない、と提案してみた。

そんな夢を見た。