第五百四十夜

 

「ようやく春らしい陽気に恵まれるでしょう」との気象予報士の言葉を信じ、朝食を済ませて直ぐ一週間の洗濯物をやっつけてベランダに干すと、ここのところ続く窮屈な日常の息抜きにとドライブに出掛けた。

春といってもまだ三月の頭では、海へ行っても寒々しかろうか。山は山で春が遅いというけれど、近所の山は山というほど高くもない。そんな風に考えて一先ず山の方へと車を走らせる。途中道の駅ででも昼食を摂り、晩飯の食材でも買って、日の暮れる前に帰ろうという、非常にぼんやりとした展望を脳裏に浮かべつつ暫く行くが、道路脇の景色はまだまだ茶色い。

二時間ほどゆっくりと走って、昼食にはまだ少し早い頃合いに道の駅を見付けて駐車場に車を停める。車外の空気は麓の市街地より一回り冷たく、しかし澄んで肌触りが良い。呼び込みの元気なカフェで珈琲を一杯だけ買って車に戻り、それをちびちびと舐めながらスマートフォンを取り出して近場に何か見るものでもないかと検索すると、ここから山の方へ入って二十分ほどのところにちょっとした展望台があり、麓の街から海までが眺められるという。それならちょっと山の空気でも吸いに行って戻ればちょうど昼飯時だろうと車を出す。

地図通りに山へ入る道を選ぶと周囲はどんどん見晴らしが良くなって、疎らに何かの野菜が植えられていたり、これからに備えて耕されている田畑だらけになる。それを過ぎるといよいよ山道に入り、疎らな常緑樹の他はまだまだ枯れて見える木ばかりが目に付く。

その中に、砂利の敷かれたスペースに立つ丸木を組んだ小屋が見える。近づいて見ると砂利の敷かれているのは駐車スペースのようで、小屋には大根などの野菜が置かれている。無人販売所なのだろう、ちょっと立ち寄ってみようかと車を停め、財布を片手に車外に出る。

並べられた根菜にあと数メートルまで近付いて、首筋から背中まで鳥肌が立つ。大根、人参、白菜など、二畳ほどの台に並べられた野菜全てが、人に似せた顔を彫られ、大きく口を開けて笑ってこちらを見ているのだ。

一体何の意味があってのことなのかさっぱり見当も付かないが、ずらりと並んだ不気味な笑顔にいたたまれず大急ぎで車へ駆け込み、逃げるようにその場を去った。

そんな夢を見た。

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