第五百三十八夜

 

日付の変わる十分前、いつも通りに夜勤の者とフロント業務の引き継ぎをしていると、その脇で電話が鳴った。

その呼び出し音の音色でそれが内線だとわかり、最も子機に近い私が反射的に受話器を取る。本体の画面には先頭に「二」、それに続いて四桁の部屋番号が表示されているのを確認しながら、
「はい、こちらフロントでございます」
と応対すると、
――……
と、無言の返答が返ってくる。空調の音さえない、全くの無音だ。

不審に思いながらもマニュアル通り、体調が悪いのか、声は出ずとも音は立てられないかと問い掛けながら手元の端末を操作して、部屋のお客様の情報を確認する。

異常を悟って背中越しにディスプレイを確認したのだろう同僚が、小声で部屋の様子を見てくると言う。
受話器は耳に当てたまま、マイク部分を指で塞ぎ、
「ちょっと待って」
と彼女を制す。

不可解なことが三つある。

まず、通話相手が全くの無音で、物音一つ立てないこと。ただし、これだけならば急病人がどうにか内線に助けを求めた可能性もある。

次に、内線は十二階の一室から掛かったものだが、その部屋は今日は空き部屋であること。全ての部屋の施錠は電子管理で、停電時を除けば、毎日新たにフロントで発行する部屋ごとのカード・キィか、スタッフの一部が持つマスター・キィ、あるいはフロントの端末からの操作が無ければ開くことはないし、その開閉も全てログが取られている。簡単な操作で見られる範囲では、今日午前のチェック・アウト後に清掃が入って以来、丸半日以上に渡ってその部屋には開閉がない。

最後に、私が受話器を取ったこと。引き継ぎの際の癖で、仕事を終える側であった私はバック・ヤードに近い側に立っていた。その横手にあったのは、三つある電話機の三番目だ。内線に限らず、フロントの代表番号に掛けられた通話は一番の電話機を呼び出す。一番が通話中であるときだけ二番が呼び出され、一番も二番も共に通話中の場合だけ、三番が呼び出される。引き継ぎ中の先ほどは一番も二番もふさがっておらず、三番が鳴るためにはフロント三番の内線番号を指定して掛ける必要があった。しかし、従業員にそんな使い方をする必要は無い。私でさえマニュアルのどこかに書いてあったような気がする程度だ。そんな内線の掛け方を、果たしてお客様がするだろうか。

早口にそんなことを説明すると、皆一様に頷いて気色悪げに眉を顰める。それでも体調不良の報せである可能性があるからと、男女一人ずつを伴って十二階のその部屋へ向かったが、案の定客室には猫の子一匹居るはずもない。本体に掛けられたままの受話器を取ると内線はフロントに繋がったままで、フロントに残したスタッフに以上の無いことを伝えてそれを切った。

そんな夢を見た。