第五百三十六夜

 

晩酌をしながらだらだらとネット配信のニュースを見ていると、動画配信サービスで冬場の恐怖映画特集なるものが開催されているとの広告が目に入った。

酔いが回る前にシャワを浴び、食卓兼万年床の炬燵に酒とツマミを用意すると部屋の灯りを消して、映画を肴に呑み始める。

取り立てて面白い訳でもないが、あの役者が若い頃はこんな映画に出ていたのかとか、今ではすっかり歳の行ったあの役者この役者が、若いからか当時の撮影機材の画質の粗さ故か皆つるりと瑞々しく見えるのに驚いたりしているうちに一時間ほどが過ぎただろうか。

画面は暗く、音は小さく低く、いよいよ恐怖物らしいシーンに入ったとき、右手の掃き出し窓の向こうから、カツカツと高いハイヒールの足音が響いた。
二棟並んだ隣のアパートの住人に、水商売らしい若い女が住んでいたのを思い出す。疫病騒ぎで帰宅時間も早くなっているのだろうかとも思ったが、それにしては靴音が重い。

何となく映画から気が逸れて、窓外の気配を探っていると、ガシャリと狭い庭に敷き詰められた発泡ガラスの庭砂利を踏む足音がする。驚いて思わずそちらを振り向くが、断熱性の高さで選んだ分厚い遮光カーテンが几帳面に垂れ下がっているばかりで、庭の様子はわからない。

ややあってもう一度、先程よりはやや小さな音でカシャリと庭砂利が鳴る。足音の主はそれで満足したのか、カシャリ、カシャリと
少しずつ移動しながら音が続き、うちの掃き出し窓の正面でぴたりと止む。
すわ強盗かと、壁に立て掛けてあった素振り用の木刀にそっと手を伸ばし、音を立てぬよう立ち上がって窓の外の気配に正対し、青眼に構える。

じっとカーテン越しに睨み合って数十秒か数分か、不意にちょうどその気配の位置から、
「にゃーん」
と声がする。といっても酒か煙草かその両方かのせいか酷く嗄れた男の声で、とても猫のそれと聞き違えるような代物ではない。

強盗というよりは変質者だろうか、いよいよ緊張して木刀を握り直したとき、スピーカから女優の絹を裂くような悲鳴が流れ、思わず肩が跳ねる。

慌てて構えを正して再び窓外の気配に向かおうとするが、先程までありありと感じられていたその気配が一切無い。

恐る恐る窓に近付き、カーテンを慎重に引っ張って作った薄い隙間に目を当ると、そこに庭砂利を鳴らした犯人らしき姿は見当たらない。

安堵して木刀を置き、冷えた身体を炬燵に突っ込み、映画の再生位置を見覚えのある辺りまで戻しながら記憶を辿る。気配の主が窓の正面に来て以来、映画の悲鳴の前後まで一切庭砂利の音がしなかったのは間違いない。仮に砂利のない隣棟の廊下まで一息に跳んだとして、砂利の上から無音で跳ねることが出来るだろうか。廊下のコンクリートの上へ着地して、ハイヒールに音を立てさせないことが出来るだろうか。

考えれば考えるだけ胸に嫌なものが溜まるようで、それを洗い流そうと温くなった酒を煽った。

そんな夢を見た。