第四百夜

 

夏休み中の学校で開かれている水泳の特別授業を終えて帰って来るなり「痛いから見てくれ」と要求し、ワンピースの裾を捲くってこちらに背を向ける娘の尻に、確かに左右二つの大きな青アザが出来ていた。

薬を求める彼女にひとまず風呂に入って塩素と汗とを流してこいと命じ、着替えを用意してやってから台所に立つ。

昼食にと素麺を茹で漬物を切る間に、はて打ち身に効く薬などあったろうか、能書きにはなくとも何か適当に軟膏か湿布でも与えておけば病は気からで何となく痛みの紛れるものだろうかと思案する。思いの外早く茹で上がってしまった麺を氷水で締めてから救急箱の中身を改めていると、不意にバスタオル一丁の娘が背に張り付いて来る。

一体どうすればこんなところにアザを作れるものかと彼女に問うと、最近ますます回るようになった舌でもって、さも楽しそうに事の顛末を語り始める。

久し振りの学校に興奮して、学校に就いた時にはまだ前の時限の生徒達が授業中で、更衣室のロッカーに空きがない。薄暗くも蒸し暑い更衣室に独りじっとしていることも出来ず、涼を求める目的が半分、冒険心が半分で昇降口から校舎に入った。

昇降口は開いていたのかと問うと、今時の小学校は校門で人の出入りをチェックするから、利用者のある設備には一々鍵を掛けないとのことで、安心なのだか却って不用心なのだかわからないが、一応の理屈は通っているように思われる。

職員室や保健室には灯りが点いているが、廊下や階段のそれらは消えて、炎天の午前というのに普段見慣れた学校に比べると何だか薄暗く感じる。そんな珍しい校内をせめて自分の教室へくらいは辿り着きたいと階段を上ると、締め切られた二階は一階に輪を掛けて蒸し暑い。それでも誰も居ない真夏の教室を独り占めにし、その窓から校庭やプールを見下ろしてみたい気持ちで廊下を進む。

辿り着いた教室の重い扉を、何だか緊張しながらゆっくりと開ける。こちらもやはり一々戸締まりはしないそうだ。

と、教室の中には水着姿で髪を頭の上に結い上げた少女が立っていて、扉の音に気付いたかこちらを振り返って、金切り声を上げる。

娘もそれに驚いて盛大に尻餅を搗く。教室に水着姿のお化けが出るなんて聞いたことがない。でも無事に帰れたら一大ニュースだ。一瞬のうちにそんなこんなが脳裏を過ぎったがなんのことはない、娘より先に級友の一人が教室で水着を着ていた、ただそれだけだ。
「プールに更衣室があるのに、どうしてその子は教室で着替えていたの?」
と娘に問うと、娘も彼女に同じことを聞いたと笑い、
「その子のお母さんがね、だらしがないから服の下に水着を着ていっちゃ駄目って言うんだって」。

だが、女子の多くは服の下に水着を着込んで学校に向かう。一人だけ下着を脱いで着替えるのはなんだか気恥ずかしい、早めに学校に行って教室で水着に着替え、その上に服を着込んで更衣室に向かうつもりだったのだと教えてくれたそうだ。
「でもね、お母さんに起こられるからこれは内緒だよ、だって」
と彼女は尖らせた唇に人指し指を当てて見せた。

そんな夢を見た。