第四百七十六夜

 

終業式の朝、いつもの時刻にいつもよりずっと軽いランドセルを背負って家を出た。

学校は自宅から駅とは反対方向で、同じ路地に同年代の子が住んでいないから、交差点に出るまでは駅へ向かう大人達とすれ違いながら一人で坂を上る。

その交差点の手前に一軒の空き家がある。普段は雨戸を閉め切って庭は雑草が伸び放題、表札も剥がしてあり、郵便受けはガムテープで塞がれていて、とても人の出入りしているようには見えない。

その門の前を通り掛かり、見るとは無しにそちらに目を遣ると、庭の雑草を一頭のヤギが食んでいる。ぎょっとして立ち止まるとアスファルトの石が音を立て、それに反応したのかヤギが首を上げ、口をくちゃくちゃと動かしたままこちらを睨む。

気味の悪さに急いで駆け出して交差点に出ると運良く同級生に出くわして、彼女に事の顛末を報告するが、
「またそんなこと言って。この間はなんだっけ?窓に大きな金魚だった?」
と怪訝な顔を向けられる。

あの空き家は時折、忘れた頃に奇妙なことが起きるのだ。普段は締め切られている雨戸が開いていて、その向こうに見える居間らしき部屋の中一杯に水が張られて大きな金魚が泳いでいたり、雑草しか生えていないはずの庭に小さな黄色い実をびっしりと付けた金柑の木が生えていたり。そういう奇妙なことが通学のときにあって、下校の際に確かめると綺麗サッパリ跡形もなく、普段の空き家に戻っている。そんなことが季節ごとに一回あったりなかったりする。
「朝だからさ、寝ぼけているんだよ」
と微笑む彼女の横に並んで横断歩道を渡ると、心做しかいつもより元気の良いように見える低学年の男の子達に追い抜かれた。

そんな夢を見た。

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