第四百六十六夜
御茶ノ水の病院からの帰途、橋から見下ろすホームに人が犇めき合っているのが見えた。改札前も黒山の人だかりで、拡声器のアナウンスで漸く、人身事故で電車が止まっていると知れた。
友人の見舞いだったのだが、身体の頑丈な質の彼は初めての大病、初めての入院で心細いらしく、面会時間一杯まで引き止められたから、もうういい時間だ。振替輸送のバスにも長蛇の列ができており、疫病騒ぎの中で寿司詰めの中、自宅まで遥かな遠回りをして時間を食うそれに乗って帰るのは気が進まない。
もちろんタクシィの乗り場も長蛇の列で、何処かでどうにかタクシィを捕まえられぬかと考えながら橋を戻ると、丁度橋の手前で客を降ろすタクシィが目に止まり、手を振りながら小走りで近寄ると、幸運にもそれに乗ることが出来た。
自宅の最寄駅を告げて走り出すと、
「お客さん、賢いですね。駅前じゃ捕まらなかったでしょう?タクシィ」
と運転手が話を振ってくる。今まで客を乗せていたのに、もう電車の止まっていることを知っているのかと驚くと、
「昔は無線の遣り取りだったから、確かにお客様がいると情報は遅れましたけど、今は凄いもんですよ」
と、メータの下に固定されたタブレットを白い手袋の指で示す。
「お陰で知らないところも迷わないし、お客様の多そうなところをAIですか?教えて指示してくれるんです」
「へぇ、便利な世の中になったものですね」。
そんなことを話しながら十分程すると、車は細い道へ入り、背の高い木が鬱蒼と並ぶ中にやってきた。ここはどこかと問うと、ちょっと近道で、雑司が谷の霊園を通っているところだという。そういうものを信じているわけではないが、流石に夜は気味が悪いと言うと、
「タクシィの運転手には絶好の休憩スポットなんですよ」
と運転手が笑う。
「それに、もうじき季節ですけど、怪談といえばタクシィみたいなのも、もうどんどん無くなっていくんじゃないかなぁ」。
そう呟く彼に理由を問うと、ほらと車内を向いたカメラを指差し、
「よく、雨の日に女の人を乗せたら、濡れたシートだけを残して姿が消えたなんて話があるでしょう?あれね、要は無銭乗車の言い訳だったわけですよ」
と言う。察しの悪い私が首を捻っていると、
「ほら、お金はないけど警察には言わないでって、交換条件を出してくる。こっちにしても、警察に突き出したって得するわけじゃないから、人によっちゃあ引き受けちゃったんだって。大先輩達の時代には結構あったらしいですよ。でも今じゃコレがあるから、そんなことしたら会社にバレちゃいますからね」
ともう一度車内カメラを指差した。
そんな夢を見た。
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