第四十二夜

散歩に出たはいいものの、五月の湿った空気に強い陽光が加わって蒸し暑い。

交差点の向こうに公園らしき茂みを見付けて、どこか腰を下ろせる日陰でもないものかと探しに入ることにする。

幸い入ってすぐ、楠の木の大木の陰になった長椅子が見えたので、よたよたと歩いて腰を下ろす。汗を吸った下着が肌に貼り付いて気分が悪い。

額の汗を腕で拭うと視線の先、道路の向こうに古びたビルが見える。古い建物のようで、こちらに黒い塗装が剥げ、下塗りの茶と錆の赤とがまだらになった鉄製の外階段を向けている。

湿った風とはいえ、日陰で吹かれる分には多少の気化熱を奪ってくれて心地好い。暫く日陰を堪能することに決め、その暇に任せ件のビルの階数を数えてみる。

階段は屋上から下へ、ぐるりと一周する毎に一つ階を下り、上半分に磨りガラスの嵌められた銀色の扉で建物の中へ入れるようになっているらしい。その赤錆びた手摺を目で追いながら、一つ、二つ、三つと数え、六つ目で階段が切れた。

が、六階建てなのではなかった。途切れた階段の下に二つ、銀の扉が設えてある。つまり建物は八階建てであり、錆びた外階段は三階から屋上まで続いているのだ。よく見ると、三階から二階へ下る階段の半分、折り返しの踊り場から下が、すっぱりと切り取られたように存在しないのだった。

下の扉は一階のもので、コンクリートの階段が二段あって地面へ繋がっている。

上の扉には、下から上る階段も、上から下る階段も無い。ただ壁面に扉が取り付けられているばかりで、内から踏み出した脚を受け止める床さえ無い。

一体どういうことなのか。建築には詳しくないが、屋上から階段を取り付けてゆき途中で止めたなどというのはあり得るだろうか。もともと一階か、或いは地上から続いていた階段を、何らかの事情で切り離したのだろうか。

ビルヘ行って階段の下の地面を見てみたくなる。もとは階段が有ったのだとすれば、支柱の跡なり何なり、何か痕跡があるのではないか。

興味に駆られて長椅子から腰を上げ、やや早足に公園を出ると、横断歩道の横縞の前で赤信号の変わるのを待つ。ビルの敷地の道路沿いには飲料の自動販売機が並んでおり、この位置からは階段が見えない。見上げると、磨りガラスの嵌められた銀の扉が陽光を鈍く反射しているのが見える。角度からして三階だろうか。錆びた外階段の足場が見えるので、二階でないことは確かだ。

信号が青に変わり、横断歩道を渡る。角を超えれば右手側に、自販機の陰になっていた地面や二階の扉が見えるだろう。

直ぐ左手の車道を、大型トラックが走ってすれ違うのを何とは無しに振り返る。トラックの起こしたぬるい風が頬から首筋を舐める。鳥肌が立つ。

背後のビルを振り向く気になれず、そのまま信号が変わるのを待って、逃げるように横断歩道を渡った。

そんな夢を見た。