第四百十夜
トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、大手町の首塚が壊されて、早速、祟り?かなんかの地震が起きたんだって?」
と聞こえてきた。
私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
紅葉をイメージした橙色のカボチャのムースとチョコレートのパフェをつついていたポニーテイルの少女が、
「ああ、あれね。本当、あったま来るわよね」
と怒りの形相を見せる。珍しく自分からオカルティックな話を振ったベリーショートの少女は、サイコロ型にカットされた柿の欠片をスプーンで掬いながら、
「頭に来る?怖いとかじゃなくて?」
と、ポニーテイルの少女を意外そうに見つめる。
「大喜びで話に乗ってくるかと思ったんだけど……」
という否定気味の返事を遮って、
「まずね、修繕のための工事を壊すだの破壊だのって、保存のために頑張ってる人達に失礼でしょ」
と、ポニーテイルの少女は苛立たしげに握ったスプーンをびしびしと踊らせ、はしたないとたしなめられる。
二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
叱られて空を混ぜるのを辞めたスプーンでガボチャのムースとクリームの中のコーン・フレイクを探りつつ、ポニーテイルの少女が、
「そもそもね、将門公が無闇矢鱈に祟るなんてコト自体が有り得ないんだから」
と、訴える。ベリーショートの少女はウエハースにクリームと柿の実とを盛り付ける作業をしながら、時折向かいの少女を好奇の目で見る。大人しく聞いているから好きなだけ喋りなさいと促しているらしい。
「私腹を肥やす役人どもと戦って、治水と教育で東国を豊かにしようとした人なんだから」
「え、そうなの?初耳だわ」。
ベリーショートの少女が目を丸くするが、ポニーテイルは人差し指を立てて、
「そりゃ、伊達に関東各地で神様として祀られてないわよ」
と自分のことのように何故か自慢気に胸を張り、クリームから掘り出したバナナにカボチャのムースを絡めて頬張る。
最後の柿の実の欠片を狙ってスプーンを光らせるポニーテイルへ大人しくグラスを差し出しながら、
「全然知らなかったわ。というか、むしろ何でそんなに詳しいのよ」
と、ベリーショートの少女が問うと、
「愛好家たるもの、好きなものはきちんと調べ上げるものなのです」
と自慢気にポニーテイルを揺らした。
そんな夢を見た。
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