第四百三夜

 

後輩の女子社員に頼まれて休日の買い物に付き合った帰り、特に用事もないので一緒に下りの列車に乗った。ちなみにこれはデートなどでは決してない。彼女に初めてできたボーイフレンドへの誕生日プレゼントを決めかねて、そのヘルプを頼まれ、昼食の奢りを対価に引き受けただけのことである。

暫くして年配の夫婦が乗車してきたため揃って席を譲り、並んで立って雑談をしていると、後輩の背後に中年の男性が立ち、平手で肩をとんとんと二度叩く。知り合いだろうか。

彼女が振り返って返事をすると、男性は急にしどろもどろになって頭を下げる。後輩もお辞儀を返し、男性はバツが悪そうに頭を掻きながら、扉横の空いたスペースまで歩いていって、スマート・フォンを取り出して画面を眺め始める。

一体何が起きたのか理解出来ずにいると、それが表情に出ていたのだろう、
「なんでもないんで、気にしないで下さい」
と後輩が言う。
「何を話していたの?知り合いじゃなかったの?」
と尋ねると、全く知らぬ赤の他人であり、他人の空似で間違われて肩を叩かれたのでもないそうだ。
「子供の頃から人混みへ行くとよくあるんです。なんか、私を見ると急に頭がぼーっとして、無意識に肩を叩いちゃうんですって。平気な人は平気というか、たまにそうなっちゃう人がいるみたいで」
と、ケラケラ笑う。困ったことはないのかと尋ねると、彼女は、
「害意があるわけではないみたいなんで、特には……」
と暫く天井を見上げた後、はっとこちらに視線を戻し、
「映画館で上映中に後ろから肩を叩かれて邪魔をされたのが、一番の被害ですかね。それ以来、映画館には行ってないんです」
と苦笑いをするのだった。

そんな夢を見た。

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