第三百七十夜

 

ファミリィ・レストランのバイトを始めて初めて迎える金曜の夜、そろそろ土曜になろうかという頃合いに漸く客が引けて一息といったところ、殆ど空車となった駐車場へ黒いワンボックスが入ってきた。

入店してきたのは若い男女四人で、梅雨寒に薄着をして体を冷やしたのか皆揃って青い顔をしている。
「四名様ですね」
と確認をとって席へ案内しようとすると、席の片付けをしていた店長が手を挙げて店の一番奥、六人掛けのテーブルを指す。四人席では何か都合が悪いのかと疑問に思いながら、指示の通りに案内し、マニュアル通りに接客して厨房に戻る。

と、片付けを済ませた店長が戻ってきて、
「お冷は僕が出すから」
と、トレイに水のグラスを五つ乗せてホールへ向かう。
――可怪しい。
私が人数の確認をする声は片付け中の店長にも聞こえていたはずだ。
「他のスタッフに人数を聞かせることで接客がスムーズになるから、お客様に聞かせるためではなく、ホールのスタッフに聞こえるように声を出して下さい」
とは、ほんの数日前の店長自身の言葉である。

テーブルに出されたグラスを遠目に数えると、やはり五つだ。
受付へ戻ってきた店長に、
「あそこのお客様、四人ですよね?」
と問うと、彼は店内と駐車場とを油断なく見回しながら、
「あれでいいの」
と真面目な顔をして言う。

まさか、怪談モノのドラマなんかでよくある、私には見えない客が見えている、とでもいうのだろうか。そういえば、高校生の頃にはこの店の裏の山道のトンネルやらラブ・ホテルの廃墟やら、いわゆる心霊スポットの噂をよく聞いた覚えがある。
「まさか、店長って幽霊とか見えるんですか?」
と恐る恐る尋ねると、
「いや、僕はそういうのはからっきし。サービスだよ、サービス」
と、彼は接客用の真面目な笑みを浮かべる口元を少しだけ崩して小さく笑う。
「裏山の心霊スポットの話は知ってる?」
との問いかけに、高校で聞いたことがある、地元の子達は小学生の頃から知っていたそうだと答えると、
「あれが廃れちゃうとね、金・土の割と暇な深夜帯のお客様が減っちゃうでしょ。この辺の飲食店ではみんなやってるんじゃないかな」
と、店長は横目で私を見て、
「肝試しって、怖い思いをしに行くんでしょう?だから、これはお店からのサービスってわけ」
と言って、奥の席で青い顔をしている四人組の方へ顔を向けた。

そんな夢を見た。

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