第三百四十五夜

 

母にメモと財布とを渡されて、家から徒歩十分ほどの距離にある駅前のスーパ・マーケットへ自転車で買い物に出掛けた。

マンションの駐車場で縄跳びやバドミントンを楽しむ小学生らを横目で見ながらペダルを漕ぐのは、全く運動不足の身体と心にとってなかなか爽快だ。「たまには身体を動かしてきなさい」と言う母の言葉に渋々ながら従ったのは正解だったかもしれない。

駐輪場に自転車を停めて店に入り、案内板を眺めてはメモに書かれた商品を籠に集めると、なかなかの重さになった。
――自転車の籠に載せて走ると、ふらつきそうかしら。

そんなことを考えながら会計の順番待ちをしていると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると小綺麗な身なりの老婦人が、
「突然、不躾なことをお尋ねするのを許してね」
と、いかにも申し訳無さそうな顔でこちらを見上げ、指を揃えた手を口の横に添えて、
「お嬢さん、今日は生理かしら?」
と囁く。

余り頓狂な問い掛けに意表を突かれ、
「いえ、違いますけど」
と正直に返事をしてから、じわじわと不快感や恐怖心が湧いてくる。

老婦人は目を細め、首を傾げる。列が一人分進み、一歩詰めると、
「変なことを言うようだけれどね」
と前置きして、
「帰り道、お気を付けになって。あなたから、悪い、生臭い血の匂いがするの」
と、彼女はまるで巣から落ちた雛鳥を見るような目で私を見つめる。
「はあ」
と曖昧に返事をしたところで会計の順番が回って来て、私は目の端で彼女に小さく礼をし、後はもう関わるまいと決心して会計を済ませ、持参した買い物袋に商品を詰める。その間も、店を出て自転車の籠に荷物を載せる間も、彼女の視線を感じたが、努めて振り返らないようにした。

いざ支度が整ってサドルを跨ぐと、やはりハンドルが重くて操り難い。
――老婦人の言葉が気になるわけではないが、交通量の少ない住宅街に入るまでは押して帰ろう。

そう思って再びサドルを跨いで自転車の横に立って駐輪場を出掛かると、後方でバン、ドンと大きな音が二度鳴り、続いて後頭部と首筋に冷たい液体が掛かる。

鳥の糞かと思う間もなく、反射的に首に手をやって液体を拭い、その手を見ると、赤黒い血だった。まさかと思い髪をまさぐるとじっとりと濡れた感触がして、気が遠くなる。

それと同時に、
「事故だ」
「警察と救急車」
「バイクの兄ちゃんが千切れてる」
と騒ぎが起こる。なんとか自転車が倒れぬよう支えながらへたり込んだ私の肩を誰かが掴んで揺らす。

「大丈夫?ああ、大丈夫なのね、好かった、あなたの血じゃなかったのね。事故の人?看板にぶつかって、血だけ飛んで来たのね。ごめんなさいね、お役に立てなくて……」
と、何故か謝罪を繰り返す老婦人の言葉を、私はただ呆然と聞いていた。

そんな夢を見た。