第三百十九夜

 

正月気分も抜け、年度末へ向かう慌ただしい日常生活に戻ってしばらくしたある夜、いつものジャージにいつものシューズを履いてジョギングへ出掛けた。

家から最寄り駅の方へ二分も走ればそれなりに整備されたジョギング・コースを備えた公園があるのだが、人が多いために抜いて抜かれてが煩わしい。仕事の都合で走りに出る時間を前後させるのも難しいので、駅とは反対の川辺へ向かい、堤防の上の土の道を走ることにしている。

準備運動がてら大股で五分ほど歩いて堤防へ着く頃には体も温まり、階段を上って上流へ向かって走り始める。

川面には対岸の街の灯がちらちらと映るが、そこへ至るまでの土手は墨で塗りつぶしたような闇が広がっているばかりだ。

百メートルほどの間隔で立てられた街灯は、LEDになってから光こそ強いが照らす範囲が狭くなったようで、暗い土手にところどころ、道が丸く切り取られて浮いているように見える。
――公園が人気な分だけ、こちらを走る者は多くないのだろうな。
酸欠気味の頭でそんなことを朧気に考えていると、全身の筋肉が一瞬びくりと緊張して転びそうになる。

何が起きたかと思う間もなく、視界の隅、街灯の照らす縁ぎりぎりに置かれたベンチに、こちらに背を向けて人が座っているのが目に入る。

最終電車も近いこの時刻に、背中の半ばまでポニー・テイルの黒髪を垂らしたセーラ服の後ろ姿が、川辺のベンチに腰掛けている。それも、川面ではなく、見える限り土手の続く上流を向き、こちらに背を向けている。

改めて気味が悪くなり、少し速度を上げ、視線を向けぬよう意識しながらその脇を通り過ぎる。彼女が今こちらを向いて座っていると思うと、今度は背中に強烈な視線を感じる。
――気のせいだ。
そう自分に言い聞かせながら五分ほど走り、いつもの折り返し点に辿り着き、震える膝を押さえながら堤防を下り、息を整えながらアスファルトの上を大股で歩きはじめる。

いつもならここで折返してはじめの地点まで走るのだが、あの女を正面から見ることになるかと思うと、今日はとても折返しを走る気になれなかった。

そんな夢を見た。

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