第三百十夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、最近、生物室で授業あった?」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。

雪景色をイメージした純白の生クリームを縦に四分割されたイチゴで掬いながら、
「ああ、あれね。日本にいながらにしてちょっとカルチャ・ショックだったわ」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「人体模型と骨格標本にサンタとトナカイのコスプレって、何考えてるんだか……」
「私はまぁ、教師の努力としてアリかなと思ったけど」。

ポニーテイルの少女はココア・パウダの振られたクリームをスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。見つめられた方の、
「あれで生物選択者が増えるとは思えないんだけど……」
という否定気味の返事を遮って、
「でもまぁ、何もしないよりはいいじゃない?中学の先生の好き嫌いで教科自体を嫌いになったなんて話も結構聞くし」
と、ポニーテイルの少女は楽しげにスプーンをひらひらと踊らせ、はしたないとたしなめられる。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。

叱られて空を混ぜるのを辞めたスプーンでチョコレートソースとクリームの中のコーン・フレイクを探りつつ、ポニーテイルの少女が、
「先輩に聞いたらね、あれって先代の生物の先生から受け継いだ、三十年近い伝統なんだって」
と、何故か自慢気に胸を張る。ベリーショートの少女はウエハースにクリームとイチゴ盛り付ける作業をしながら向かいの少女を上目遣いにちらちらと見る。大人しく聞いているから好きなだけ喋りなさいと促しているらしい。
「先代の先生が変わった人で、冬休み前の最後の授業では必ず白衣の代わりにサンタの上着を着て、ビーカだかフラスコだかの中で雪を降らせる実験?をやってたんだって」
「それ、生物じゃなくて化学の実験よね」
「だって、クリスマスだから七面鳥の解剖しましょうってわけにもいかないし、仕方ないじゃない?」
「まあ、生物の授業でクリスマスらしいことって言われても思いつかないけどさ」。
ベリーショートの少女は口を尖らせるが、ポニーテイルは人差し指を立てて、
「で、サンタのウケが悪くなってきたら今度はトナカイの衣装を用意したり、マメな人だったんだって」
「マメというか、エンタテイナ気質よね」
「でも、教師向きな性格よね」
と、クリームから掘り出したバナナにチョコレートソースを絡めて頬張る。
「で、定年で退職した後にその衣装を今の先生が引き継いだんだけど、あの体格だから」
と、体の横に手を丸く相撲取りのように広げて見せ、
「とても入らなくって、模型に着せるようになったんだって」。
最後のイチゴのひと欠片を狙ってスプーンを光らせるポニーテイルへ大人しくグラスを差し出しながら、
「そんな伝統、引き継がなくても良かろうに」
と、ベリーショートの少女は短い前髪の掛かるこめかみを掻いた。

そんな夢を見た。

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