第二百九十八夜

 

文化部の同級生数人で、中間試験を終えた開放感を味わいながら駅前の大通りまで歩いていた。テスト前二週間の部活動停止期間がようやく開けて、その間に積もった他愛もない話をするために歩調を緩めて歩いていると秋の陽は釣瓶落としに暮れ、辺りはすっかり暗くなってしまっている。

川岸の駅から伸びる大通りの明かりが見えた辺りで、誰かが、
「ねぇ、こんな道あったっけ?」
と、僅かな街灯に照らされた暗い裏道の右手を指差す。振り向けば、マンションの小さな駐車場と一軒家のブロック塀の隙間に、自転車がすれ違えるかどうかという細い上り坂が見える。
「そりゃあったさ。何処に続いてるかは知らないけど」
と誰かが言う。毎日、登下校で二度も通るのだから、存在くらいは知っていて当然だと他に二人が賛同する。ところが、
「いや、こんな道に見覚えは無い。いくら暗くたって見間違えたりはしない。そもそも駐車場には緑色の金網を貼った柵があったはずだ。それとブロック塀がびったりくっついていて、間に通れる隙間なんて無かった」
という反論が出され、
「そうそう、そうだった」
と、言い出しっぺを含む四人が賛同する。

そんな筈は無い。いつも登校時間に自転車やスクータが出てきて、通学路なのだからカーブ・ミラくらいは付けてほしいものだと前々から気になっていたのだから。
「金網とブロック塀がくっついていて、その細い隙間を、虎猫が器用に歩いてた覚えがある」
と、仲の良い女子の一人が言う。ならば写真でも撮ってはいないかと証拠を求めると、登校中で急いでいたからと、朝の弱い同志としては肯かざるを得ない理由をしめされて、それについては納得する。もちろん、猫に関しては何処か別の塀と勘違いをしているのだろう。
「それなら、今ここで全員がこの道を写真に撮って、明日の朝ここに集まろう」
と誰かが提案しカシャリとシャッター音を鳴らすと、皆がそれに続いて暗く伸びる坂道を写真に収める。

元々あった派の男子が、少し坂を登ってみようと提案する。
「神社でもあったら面白くない?」
「肝試しみたいでちょっと……」
「だから楽しいんじゃない」
「俺はちょっと興味ある」。
他の部活動帰りの生徒達の幾人かにクラスメートや出身中学の同じ友達がいて、簡単な挨拶をする脇でそんな遣り取りが行われる。

結果、私を含む元からあった派の二人と始めて見た派の男女二人ずつ四人で、坂の上の方まで行ってみようということになった。
「何があるんだろうね」
「こんな細い道だから、個人宅に突き当たって終わりじゃない?」
「でも坂道だろう?ちょっとした丘になっているなら、本当に寂れた神社でもあるかもしれないよ」。

そんなことをしゃべりながら、マンションの廊下から漏れる僅かな灯の中を通る間は平坦だった道が、灯の届かなくなると同時に結構な傾斜の坂道になる。道理で自転車がスピードを出して曲がってくるはずだ。

どんどんと歩いてゆく二人の後に付いてあるきながら、少々心細くなる。皆と別れた角を振り返るが、何処かで道が折れていたのか、マンションの死角に隠れてよく見えない。薄暗くて気が付かなかったのだろう。

誰も上がって来ず、誰も下りて来ない。

そんな坂をもう一度振り返って、正直なところ途端に心細くなってきた。すぐに戻るから、マンションの前で待っていてほしいと、仲の良い子に連絡をしようか。

そう思って鞄を腹の前に回し、そのポケットからスマート・フォンを取り出そうとして、違和感を覚える。何か妙だ。

ちょっとまってと声を掛けて立ち止まり、鞄をしげしげと見詰めながら、
「何か変じゃない?」
と尋ねるも、
「いや、別に……?」
「怖くなった?」
と茶化される。それでも歩みを止めて待ってくれるだけありがたいか。
「うーん、わからん!」
そう言って頭を抱える仕草をして見せて、ようやく気が付いた。鞄の手を挟んで持ち歩いている髪留めが無くなっている。今必要なわけでも、なくしたら困るような大切なものでもないが、今このタイミングで無くなっていることに妙な間の悪さ、居心地の悪さを感じて、何処か途中に落としたのだろうから、拾いに戻りたいと申し出ると、二人共あっさりと了承して、『肝試し』を中止してくれる。案外彼らも強がっていただけなのかもしれない。

三人してスマート・フォンの狭いライトを左右に振りながら足元を照らし、ゆっくりと歩く。
「どんな髪飾り?」
「鼈甲色の、櫛と櫛が交互に噛み合うようなの」
「若者なんだからもっと可愛い色にすればいいのに」。

口々に言い合う声音は皆明るく、すっかり暗くなった宵の口の闇の中に吸い込まれてゆく。
「あ、これ?酷い……」
と、先頭を歩いていた女子が、二メートルほど先の地面にライトで円を描く。円の中心を照らすと、確かに使い慣れた鼈甲色の髪留めが、誰かに踏まれたように砕けてアスファルトの上に散らばっている。

一応欠片は拾っておいて、後で捨てようとその前にしゃがみ込む。その手元を照らしてくれている男子が、
「自分で踏んだときに気が付かなかったのか」
と首を傾げる。何のことかと尋ねると、
「だって、三人の中では一番最後を歩いてたんだから、前を歩いてた俺たちは踏めるはずがないじゃん」
と私の横にしゃがみ込んで、欠片に手を伸ばす。
「下りて来た人なんていなかったし、上がってきた人ともすれ違ってないんだから……」
という彼の言葉を遮って、
「やめやめ、早く拾って帰ろう」
と、女の子も私の横へしゃがんで、欠片拾いに手を貸してくれた。

そんな夢を見た。