第二百九十六夜

 

空きっ腹と夕食の材料を抱えて帰宅し、ワンルームの狭い台所に立って驚いた。つい昨日まで何の問題もなく動いていた電気炊飯器の動作を示すランプが消えている。

恐る恐る蓋を開けてみれば、残業を見越して予約していたタイマも作動していなかったらしく、水に浸った生米がこちらを見つめ返してくる。

まさかと思い電源ケーブルを辿るが、特にプラグが抜けているでも、電源タップの元が切れているでもない。念のためとプラグを抜き差しをしてみても、うんともすんとも言わないので、まるきりお手上げだ。

今夜は鍋で飯を炊くしかあるまいか。ネットで火の加減と時間の目安を調べながら、別の問題に気が付く。

一人暮らしの簡易なコンロは一つしか口が無く、飯を炊き終えたらそれの冷めぬうちに手早くおかずを作り終えねばならない。が、残念ながら急なメニュの変更をぽんと思い付けるほど、料理が得意ではない。

目ぼしい材料名で時短メニュでも検索しようと結論して、はたとキッチン・タイマの壊れていたことを思い出す。昨夜突然表示が消え、電池を入れ替えても復活せず、今は不燃ゴミ用のゴミ箱の中である。しかし抜かりはない。買い物袋の中に代えを買ってきてある。

取り出した二代目キッチン・タイマの包装を剥がし、表面をウェット・ティッシュで拭いてから、冷蔵庫に貼り付ける。思えばこの冷蔵庫も炊飯器も、そして壊れたキッチン・タイマも、皆大学へ通うのに上京して以来の付き合いだ。

その中で最も構造の単純そうなキッチン・タイマが真っ先に駄目になったというのも不思議なものだが、炊飯器はよく保ったものだろう。この冷蔵庫の方もそろそろ限界が来るかもしれない。もし駄目になったときの被害は計り知れないから、壊れる前に買い替えておいたほうが好いだろうか。

そんなことを考えながら時短メニュを検索していると、実家の母から電話が掛かってくる。大晦日の夜以外、九時には寝てしまう人がこんな時間に珍しい。ともあれ電話に出ると、彼女は開口一番、
「あんた、炊飯器の調子悪いでしょ」
と、欠伸混じりに宣言する。私ですら帰宅して知ったばかりだというのに何故実家で暮らす母がそれを知っているのか、返事をするより早く、
「最近駄目になった台所用品ある?それを炊飯器の近くに置いてやんな。機嫌良くなるから。じゃあ、ちゃんとしたもの食べるのよ」
と一方的に喋って電話を切ってしまう。きっともう眠いのだろう。

稀にこういうことのある人なので、何となくアドバイスには従っておこうと思い、ゴミ箱から先代のキッチン・タイマを拾って炊飯器の側面に貼り付けてやると、果たしてにわかに時刻表示が黒々と点く。試しに炊飯開始のボタンを押すと、これまでと変わりのない様子で炊飯中を知らせるランプが灯り、電熱線か何かだろうか、ブンとひと唸りして加熱が始まった。

そんな夢を見た。