第百八十一夜

 

昼食を終えると自転車に飛び乗り、友人宅を数件回って市営プールへと向かった。泳げない者に指導をするという名目で、最も暑い時間帯を水辺で涼もうという算段だ。まだ正午を過ぎて間もないが、頭の真上から照りつける日差しに肌を刺されながら、汗だくになって自転車を漕ぐ。

公園の一角に自転車を駐め、更衣室で服を脱いでプールへ飛び込む。水着なら、昼食を摂る前からズボンの下に穿いていた。午前中から泳いでいた連中が昼食に帰り、昼食を食べてから泳ぎに来る連中が来るまでの僅かな間だけ、プールを独占できるのだ。パンツを水着に穿き替える暇はもったいない。

強い日差しに温くなった水を底まで潜ると、多少は温度が下がって清々しい。息の続く限りそれを堪能し、一気に水面に上がって息を継ぐ。すっかり汗が引いて、冷えた肌を温める太陽さえ心地好い。同じように駆け込んできた友人達と顔を見合わせ、特に意味もなく笑い合い、互いの顔に水を掛け合う。

しばし遅れて泳げない子がやってきたので、プールの縁を掴ませて、バタ足の練習を始める。彼の足の後ろに立ち、
「ただ水をバシャバシャ撒くんじゃなくて、前に進むために漕ぐんだよ。どう脚を動かしたら腕が押される感じがするか、試してごらん」
などと偉そうなことを言っていると、不意に水の中でズボンがぐいと引っ張られ膝までずり落ちる。イタズラ好きの友人だろうと直ぐに見当が付いた。が、反撃は確実に成功させたい。焦りは禁物である。暫く友人の指導をしながら、相手の油断を待つことにする。

友人の隣で手本を見せたりしているうちに、徐々に人が増えてきた。ふと見れば、クラスの女子達の何人かもやって来て、例のイタズラ好き達と水を掛け合って遊んでいる。これは逃すべからざる好機だ。
ちょっとそのまま練習をしているように友人に言って、思い切り息を吸い込んで水底まで一気に潜り、例の友人の脚の位置を確かめ、油断なく背後から近寄る。

無事、悟られること無く背後に付いて、いざ彼の海パンに手を伸ばそうとしたとき、彼の足元に海藻のように水に揺らめくものが目に付く。何かと思って視線を下げると、プールの底から女の首が生えていて、長い黒髪を揺らしながら真っ赤に充血した目でこちらを見、にたにたと厭らしい笑みを浮かべている。

思わず詰めていた息が口から漏れ、慌てて水面に顔を出す。それに驚いた友人が振り返り、何か言おうとするのを遮って、水の中に何か居るから見てみろと伝えるが、
「そうやって俺が潜ったら、さっきのお返しに頭を押さえつけるきだろう、騙されんぞ」
と言って聞かない。
「なら好きにしたらいい。俺は気味が悪くてかなわないから、今日はもう帰るわ」
と言い捨ててプール・サイドへ上がり、泳ぎの指導をしていた友人だけは「今日は危なそうだから」と引っ張り上げ、シャツや下着が引っ掛かるのも気にせず濡れたまま着替えて、公園を後にした。

そんな夢を見た。

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