第二百六十八夜

 

朝、気温の高くなる前に仕事を済ませてしまおうと、春野菜の収穫を終えた畑に秋蕎麦の種を蒔いていた。朝飯時には仕事も終わり、荷物を纏めて帰り支度をしていると、畦道を水色の軽自動車が一台こちらへ駆けてきて目の前に停まる。

見掛けない車だと振り向いた私に若い女が窓から顔を出し、追われているから匿ってくれと言う。

こちとら一介の農家で、面倒事などまっぴらだ。追われているには追われる理由があるのだろう、大人しくお縄に付いたらどうだと返すと、
「私達は悪の宇宙人に追われているのです。彼らは善の宇宙人の手助けをしている私達が憎いのです。私達の教えが広まれば、彼らに騙される地球人が減るのですから」
と捲し立てる。犯罪者ではないという意味だろうと察して、この先で信号に行き当たったら右折をすれば地元の人間しか知らない山道に多く枝分かれする幹線道路があるから、そこでなら簡単に追手を巻けるだろうと教えてやる。

女は彼女なりの言葉で礼を述べた後、
「悪い宇宙人たちが来て、私のことを尋ねたら、貴方は正直に『ソバの種を蒔いているときに、山の方へ走っていくのを見た』と仰ってください。嘘を吐くのはよくありません。言葉は正しく、人を幸せにするために用いるものだと、善の宇宙人は言っています」
と言ってもう一度頭を下げ、何やら妙なハンド・サインを見せてから車を出して走り去って行った。

荷物をトラックの荷台へ積み込んで運転席へ向かおうとすると、あちらからとろとろと、黒塗りの高級車がやってくる。運転席に乗ってエンジンを掛け、畑の真ん中に似合わぬそれが通り過ぎるのを待っていると、また畑の脇に停まって黒いスモークの入った窓が開く。黒いサングラスにこれまた黒いスーツの男が中から身を乗り出して、水色の軽自動車を見なかったかと低い声を張り上げて尋ねるので、女に言われた通りに、
「ソバの種を蒔いているときに、山の方へ走っていくのを見たよ」
と答えてやる。すると、
「そんな昔のことは聞いていない」
と首を振り、運転席の方へ振り向いて
「どうやら巻かれてしまったようだ」
とこぼすのが聞こえ、続いて車が走り去る。

種を蒔き終えて五分も経たないのに「そんな昔」とはどんなせっかちかと思いながら正面を向き直って、思わず驚きの声が口を突いて出た。

畑一面、蒔いたばかりのはずのソバが白い花を付けて風に揺られている。

そんなまさかと慌てて車を降りると、一瞬目を話した隙に畑はもう元通り、一面茶色い土が広がっているだけだった。善の宇宙人というのはケチくさいものらしい。頭を掻きながら運転席に戻り、朝の献立を考えながら車を出した。
そんな夢を見た。