第二百六十三夜
九州から東北までを隙無く梅雨前線が覆って生憎の雨天となってしまったが、ワイパのちらつくフロント・ガラス越しの運転も、大型連休以来久しぶりのデートだから苦にならない。
何処へ行こうかと話し合った結果、互いの生活圏の丁度真ん中辺りの都市へ、七夕に合わせた大規模な植木市を見に行くことになった。この季節の花は紫陽花をはじめ、雨雲の下で濡れる姿こそ瑞々しく涼しげで、天気の悪いほうが却って都合が好い。そういう彼女からの提案だった。
標識に従ってロータリィの邪魔にならない位置に車を停めて到着を知らせると、向こうも時刻表通りに着きそうだと直ぐに返事が来る。
道路の混雑に備えて早めに出発をしたものの、この天気で道が空いていたから、あちらが予定通りなら到着まで三十分は余裕がある。飲み物と雑誌でも買おうかとロータリィを抜け、駐車場付きのコンビニエンス・ストアへ向かう。
金曜発売の週刊誌とカフェ・ラテ、ジャスミン茶を買って車に戻り、ポツポツとボンネットや窓を雨粒が叩く音の中、カフェ・ラテを吸いながらパラパラと雑誌を捲る。ざっと記事に目を通したところで、予定の時刻が近付いているのに気が付く。雑誌を閉じようとして紙が指に立って擦れ、小指の内側に鋭い痛みが走る。細く血が滲み、ひりひりと痛む。利き手でないのがせめてもの救いかと思いながら助手席に荷物を置き、車を出す。再びロータリィへ戻ると程なくして彼女が到着し、小さな傘を畳みながら車に乗り込む。
傘をタオルでひと拭きして後部座席に片付け、シート・ベルトをするよう促すと、彼女の右手の小指に絆創膏の貼られているのが目に付いた。どうしたものかと尋ねると、今日の昼食に弁当を作っている最中、鍋の縁に当てて軽い火傷をしたと言う。
妙なこともあるものだと、左手の小指を立てて先程出来たばかりの傷を見せると、彼女はポーチから絆創膏を取り出し、
「嬉しくないお揃いだけれど」
と、それを巻いてくれた。
そんな夢を見た。
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