第百八十一夜

 

顧問の先生が
「全員が終わったら、部長は報告に来い。そのまま解散でいい」
と言って姿が見えなくなるとすぐ、出されたメニュの半分も終わらないうちに投げ出した先輩の一人が、
「なあ、お前らは幽霊って見たことあるか?」
と言い出すと、先輩達の多くが火照った体を冷たい床に投げ出して、見たい、見たくても居ない、居るわけないと口々に私語を初めた。

ここのところ雨が続いてずっと室内練習という名の筋トレばかりだから、特に最後の大会の近い六年生は不満が溜まっているんだろう。

言い出しっぺの先輩が
「おっかしいなぁ」
と首を捻って、まだ律儀に筋トレを続ける下級生達を振り返り、
「なぁ、団地住みの奴居ない?居たら何か噂話があるの知ってるだろ?」
と問う。ここらは開発が進んで出来たニュータウンの影響で新しく作られた小学校で、子供が減ってきてからは団地住みの子のほうが却って少なくいくらいになった、と父から聞いたことがあった。言われてみれば、使われていない教室が沢山ある。かつてはそれでも教室が足りなくて、離れたところに新しく学校を建てたそうだ。

五年生の先輩が、
「昔から四号棟だけ飛び降り自殺が多くて、それも決まって十三階から飛び降りるって話なら……」
と言うと、怖いと言う者、自殺者に引っ張られているんじゃないかと調子を合わせて怖がらせようとする者、どうせ噂だけで本当に確かめた人はいないんだろうと冷静な意見を出す者、内容は様々だが皆その話に夢中になった。

が、言い出しっぺの先輩はやっぱり、
「おっかしいなぁ」
と首を捻っている。それを聞き付けたキャプテンが、何がおかしいのかと問うと、
「あの団地が出来る前、あそこはずっと畑だったって知ってるだろ?」
と言う。確かに、社会の時間に地域の歴史で教えてもらったばかりだった。今は団地がある辺りが、昔の地図では丸に一本棒の生えた、果樹園のマークで一面覆われていたのを思い出す。
「あの団地、ほとんど丸ごと一軒の農家だったんだぜ。GHQに取られて残った土地だけで。で、折角残った土地なのに、何で手放しちまったんだと思う?」
と先輩が皆に問う。GHQが何かわからないが、六年生には通じているようで、
「土地が減って儲からなくなったんじゃ?」
「農家より儲かる仕事を始めたのかもな」
と、色んな意見が出る。

誰かが、
「跡取りが居なくなって、土地を持て余したんだ」
というと、言い出しっぺの先輩は、
「いい線行ってる」
と手を叩いた。
「その家の爺さんが、息子夫婦と孫を皆殺しにしちまって、跡を継ぐのが居なくなっちまったんだって。でな、何で爺さんがそんな琴したかって言うと、この辺の開発をして金儲けしたいって連中が、果樹園の木を枯らしたり、周りに悪い噂を流したり、あの手この手で爺さんに嫌がらせをして、とうとう爺さんが参っちまったんだって」。

見てきたかのようにそう語る先輩にキャプテンが、どうしてそんなことを知っているのかと尋ねると、
「うちのひい爺さんが、その爺さんとガキの頃からの友達だったんだと」
と言って、短く刈り上げたこめかみを掻き、寂しそうに、
「親父が小学生の頃は、団地にその一家の幽霊が出るって噂があったらしいんだけど、先生も団地の住人も入れ替わって、わすれられちまったんかなぁ」
と呟いた。

そんな夢を見た。

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