第百七十八夜

 

アルバイト先のカラオケ店へ着くなり、バックヤードで店長から、
「例の部屋、大掃除するから着替えたら来い」
と言われて気が重くなる。

今年の春先から異臭のする部屋があり、利用客から人死が出ているだの幽霊が出るだのと、あらぬ噂を立てられていると聞いている。実際、その部屋だけがひどく臭うのは確かである。が、当然ながらその部屋で人の亡くなるような事件など起きていない。

それでもアルバイトの、特に女性従業員の中には幽霊を見たと言う者があって、異臭のためか噂を恐れてかは知らないが、店を辞める者もいた。

客の方もその部屋には長居を避けるし、常連客などははじめからその部屋以外でと指定をしてくるようになり、店長としても対応せざるを得なくなったのだろう。

着替え終えてその部屋へ向かうと、店長は既にテーブルを寝かせて部屋の脇へ寄せており、ソファを反対の隅に並べるのを手伝うよう言われるままに、重いソファを二人で持ち上げて、空いているスペースへ移動させる。

カラオケ・ルームの家具などわずかなもので、すぐに普段見えぬ床と壁面が顔を覗かせる。周囲に対してやけに白く見えるのは、煙草のヤニに染まっていないためだろう。特に汚れていなくても週に二回は壁を拭くのだが、それしきのことで黄ばみを防げるものではないのだろう。

さて。

店長と二人、顔をしかめながら部屋を見回すが、別段様子の変わったところはない。多少は匂いのきつくなったような気もするが、気のせいだと言われればそうかと思う程度のことだ。

何もない、ああそうだなと言葉を交わして、壁紙に四角く切れ目の入っているのに気が付く。
「何です?あの切れ目」
と問うと、首を竦めてさあと返す。
「記憶にない。この店の前に入っていたのは別のフランチャイズのカラオケ店だったはずだね。壁紙や床を変えただけで、厨房や壁自体は当時のものをそのまま使っていると、オーナに聞いたことがある」。

店長の言葉を聞きながら、壁紙の切れ目へ指を掛ける。何故か、取っ手も何もないそこがきっと開くに違いないという自信がある。爪を溝に差し込んで、軽く引っかくように引っ張ると、その壁は意外な軽さですんなりと手前に開かれる。

と同時に猛烈な異臭が辺りに漂い、二人して咳き込む。吐き気のする腐臭に、目が痛くなる。
「ああ、死体だ。鳩か」
と鼻の下を腕でかばいながら店長が言う。壁の一部が開いた向こうには、六十センチ立方くらいの穴が口を開け、鳩の死体の異臭をこちらへ吐き出していた。しかし、
「こんなソファの裏に、一体誰が、いつこんなものを……」
という私の言葉に、店長は一切反応しない。

彼は黙って、ぐずぐずに腐って半ば液体可した鳩の死体をゴミ袋へ移し、きつく口を縛ってから、
「モップ、かけといて」
と言って部屋を後にした。

そんな夢を見た。

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