第百六十三夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、新しい都市伝説、仕入れちゃった!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。

粒餡と抹茶入り生クリームをウエハースで掬いながら、
「えー。どうせまた胡散臭いのでしょ?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「いやいや、今度は本当、間違いない」
ポニーテイルの少女は薄切りのメロンを器用にスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「ていうか、ある都市伝説が嘘でしたって話なんだけどね」
「そりゃ都市伝説なんてそんなもんでしょ」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「お風呂で髪を洗ってるときにやっちゃいけないことって知ってる?」
ポニーテイルの少女の問い掛けに、ベリーショートの少女はウエハースを咥えたまま首を左右に振って否定を示す。粒餡の甘さと抹茶入り生クリームのほろ苦さとコクの、彼女なりに理想的な幸せの配合を味わっている最中のようだ。

そっけない態度にもめげず、ポニーテイルの少女はメロンのシャーベットを口へ運びつつ、
「『だるまさんがころんだ』って、やったことある?」
と質問を重ねる。
「ああ、やったやった、学童保育に行ってた頃に。今思うと何が楽しかったんだろうね、アレ」
「確かにね。で、髪を洗っているときには『だるまさんがころんだ』って言っちゃいけないとか、頭に思い浮かべてもいけないっていう都市伝説があるの」
 ポニーテイルの少女曰く、水場である風呂には霊が集まりやすく、風呂でうずくまるようにして髪を洗う姿が「だるまさんがころんだ」の鬼の役の姿に似ているため、遊んでもらえると思って子供の霊が寄ってくるのだというのがその都市伝説の要旨だそうだ。
「でもさ」
白玉と粒餡をスプーンに掬いながらベリーショートの少女が、
「髪を洗うときって、『だるまさんがころんだ』の姿勢に似てる?私はこう……」
と、左腕を曲げて額に当ててみせ、
「こんな風に目隠しして、壁とか木に向かって構えてたけど」
と尋ねる。と、ポニーテイルの少女は、
「そう!そこ!」
と嬉しそうに声を上げ、ベリーショートの少女にたしなめられる。彼女はちょっと声を落として、
「そこなの。確かに、ドラマとか映画だとたまにしゃがみこんで、『いないいないばあ』みたいに顔を両手で覆う鬼役も見なくはないんだけど……」
「それって、どちらかというと『かごめかごめ』だよね」。
そう返すベリーショートの少女に、
「そう!そうなの!」
と、ポニーテイルが再び大声を出して叱られる。
「つまりね、『かごめかごめ』の姿勢って、椅子に座るにしてもしゃがむにしても、お風呂場で顔を洗う姿にそっくりでしょ?」。

だから、風呂場で本当にやってはいけないのは『顔を洗いながらかごめかごめを思い浮かべる』なのだ。
しかし、これをそのまま忠告しては、それを聞いた人は必ず風呂場でそれを思い出すだろう。
「思い浮かべてもいけない以上、それは助言とか忠告として無意味なわけね」
とベリーショートの少女も頷く。
「だから、『だるまさんがころんだ』の都市伝説を捏造したってわけ。これを聞いて怖がる人は必ず『だるまさんがころんだ』の方を意識するから……」
「『かごめかごめ』を思い浮かべずに済むって訳ね」。

珍しく相手が興味を示してくれたのが嬉しいのか、うんうんと激しく首肯してポニーテイルが大きく揺れる。
「つまり、『だるまさんがころんだ』の都市伝説が流行したのは、『かごめかごめ』の被害者を減らすための作戦だったの」
と夏服の胸を張るポニーテイルの少女は、
「誰の?」
と尋ねられても、
「そこは都市伝説だからわからない」
ときっぱりと開き直ってみせた後、残り少なくなった抹茶入り生クリームのお裾分けをおねだりした。

そんな夢を見た。