第百十一夜

 

雪のちらつくホームの端で、直ぐ後ろから流れてくる煙草の煙に目を半ば閉じながら最終電車を待っている。鉄道やバスといった交通機関が禁煙でない時代があったのだ。最寄り駅の改札へ最も近いのが末尾の車両のため、その位置で待つとどうしても喫煙所の間近となる。列車の間隔の大きく開く深夜となると、手持ち無沙汰に煙草を吸うくたびれたスーツ姿にもそれなりの事情を察してしまう。

ハイヒールの硬い音が近付いてちらと振り返ると、茶のトレンチ・コートを羽織って煙草を吸う中年男性に、白い毛皮のコートからストッキングの脚を覗かせた女が何やら笑顔で話しかけている。終電が到着するとの案内がスピーカから流れ、会話の内容は聞き取れない。

男は煙草を口に咥えて顔をしかめ、右手をコートのポケットへ突っ込んで無骨な銀色のライタを女へ差し出す。水商売風の女は笑顔のままそれを受け取り、煙草も持たずに火を点けたかと思うと、緩く波打つ自分の髪を掴んでライタの炎の上へかざす。

一瞬辺りが明るくなり、硫黄の焼ける嫌な匂いが鼻を突く。中年男が女を静止するべく腕を掴もうとするが、女はひらりと身を躱し、手にしたライタを線路へ投げ込む。

思わずそれを目で追った私の視界の隅から女がそれを追いかけて線路へ飛び込むと同時にホームへ電車が入って来て、私の視界を遮った。

呆気にとられて立ち尽くしていると、出発のベルが鳴る。
――人を撥ねてそのまま運行するものだろうか。
疑問に思いつつも、終電を逃す訳にはいかない。そそくさと列車に乗り込むと、人いきれに湿度の高い空気が肺に不快だ。

やがてホームに呆然と立ち尽くす中年男との間を扉が遮り、列車は何事もなかったかのように動き始めた。

そんな夢を見た。