第五百六十六夜

 

仕事の都合で片田舎から呼び出され、地方の中心都市の外れに宿を取った。味気ないビジネス・ホテルの一室ながらそれなりに背の高いビルで、小さな窓から見下ろす街の灯は、なかなか見事に見える。これで疫病禍を受けて下火になったものと言うから、田舎者にはなかなか信じられぬ。

部屋のモニタに野球中継を映しながら風呂に入り、上がって浴衣に着替える頃にはもう試合は半ばまで進んでいた。慌てて備え付けの冷蔵庫に入れてあったビールとツマミの冷凍食品を取り出すが、部屋には電子レンジが無い。仕方なくエレベータ・ホールの脇の自動販売機が並んだスペースへ行って加熱して部屋に戻り、小さな椅子とテーブルを窓辺へ寄せて、晩酌をしながら贔屓の試合を眺める。幸いにも僅差ながら贔屓がリードして七回を迎えていて酒が美味い。

温め過ぎた餃子が程々に冷めた頃、大事なことを忘れていたのに気が付いて、鞄から小さなスマート・フォンを取り出してくる。ラジオのアプリケーションを起動して地域のラジオ局の番組表から試合中継の番組を探し、無線イヤフォンを耳に嵌める。野球好きだった親父の癖が感染ったものだ。

――若い頃はよく球場へ足を運び外野席でラジオを聞きながら楽しんだもので、テレビ中継を見る際にもテレビの音声は敢えて切ってラジオ中継をイヤフォンで聞く。これが乙なのだ。
子供の頃にそう言われたのを妙に覚えていて、酒が飲めるようになって真似をしてみたのがいまだに続いている。

無事にラジオの中継を受信して餃子を摘んでいると急に音声が乱れてハウリングのような不快な高音が鼓膜に刺さり、驚いてイヤフォンを耳から取り出す。

無線イヤフォンの通信規格の用いている周波数に何かの電波が干渉するとは聞いたことがあるが、これがその干渉の症状なのだろうか。手元に有線のイヤフォンでもあれば確かめられるのだが、残念ながら持ち歩いていない。諦めてラジオのアプリを落とし、消してあったテレビ側の音量を上げてみると、こちらは正常に聞こえるようだ。

無線イヤフォンの不調やホテル内外の何らかの装置の影響だろうかと訝しみ、しかしこんなことでフロントに連絡を入れるのも迷惑だろうし、考えてどうこうなるものでもないと割り切って、今日のところはこのまま晩酌を楽しむことにして、ビール片手に中継ぎ投手を応援する。
アウト三つを取って中継がCMに切り替わったところで、高校生の時分に友人から聞いた話を思い出す。

彼女は高校受験の勉強の傍らでAMラジオの番組を掛けるのが癖だったそうで、夏休み間近のある夜に怪談特集が流れてきたときの話だ。

聴取者からの体験談をDJが淡々と読み上げるのが却って薄気味悪かったという。思わずペンを止めて話に聞き入っていると、不意にラジオの音が不快に歪んだ。驚いて部屋を飛び出すと、隣の部屋で寝ていたはずのお兄さんが台所で水を飲んでいる。事情を話すと彼はケラケラ笑って説明したという。

あまり蒸し暑くて目が覚めたため、部屋の冷房を入れた。部屋が冷えるまで水分を補給しつつ体温を下げようと起きてきた。冷房の運転が本格化すると周波数が合うのだろう、あの局の放送だけはまともに聞けなくなってしまうのを、前年の夏に彼も体験していたのだそうだ。

といって、アプリのラジオはAM波を拾っているわけでない。それなりの値段のした無線イヤフォンの故障でなければいいのだが……。そんなことを思ううちにCMが明け、贔屓の攻撃が始まって、今はそちらに集中することにした。

そんな夢を見た。