第四百十八夜

 

大晦日も午後の十時を回り、店番を妻に任せて出前先の食器の回収に出る。

夕方から配達して回った出前先のリストを持って軽自動車に乗り込み、エンジンを暖気しながらカー・ラジオを点けると、毎年聞き慣れた年越し番組が流れてくる。

疫病騒ぎに例年にない寒波が入ってすっかり人気のない住宅街を、ゆっくりと走りながら食器を回収して回る。年越し蕎麦を食べる時刻は家によってまちまちで、夕食に食べる家もあれば、除夜の鐘の鳴り始めてから夜更しのお供に軽くという家もある。

除夜の鐘が鳴り始めたら一家で近所の風呂屋に行って身を清め、その後揃って店にやってきて蕎麦を啜り、その足で神社へ二年参りをするという一家がお得意様で、今年も先刻店へいらっしゃった。

そんなわけで、この時間では未だ皆が皆食器を出してくれている訳ではないのだが、年明けの仕事を少しでも減らすためにこうして回収して回るのが、少なくとも親父の代からの仕来りなのだ。寒い夜中に回らなくても、大晦日の夜くらいお客が引いたらゆっくりすればいい。そう問う私に「年を跨いだ仕事が残ってるってのは、なんだかすっきりしねぇだろう、一時間もありゃ回れるんだ、すっきりして年を越したらいいじゃねぇか」と答えた親父の渋い顔をよく覚えている。

食器の数を確認し、リストにチェックを入れながら出前先をぐるりと回り、店に戻って車を停める。

ひときわ冷たい風に首を竦めながら車を降り、ハッチバックを上げて食器を店に運び入れようとすると、裏口の戸が開いて妻が出てくる気配がある。手伝いに来たかと思い振り返ると、
「どうしたの?忘れ物?」
と間抜けな声が飛んできて、
「何を言ってるんだ。もうすっかり回収して戻ってきたところだよ」
と返す声い思わず棘が生える。
「何言ってるの?まだ五分も経ってないのに」
と訳のわからぬことを言う妻に、店が暇なら車の中の食器を運び出すのを手伝ってくれと言って店に戻る。流しの脇に食器を下ろすと、
「あら大将、忘れ物かい?」
と、店を出る前に蕎麦と酒とを出した常連客が、座敷から私を見つけて声を掛ける。妻のことがなければ酔っ払いの戯言と受け流すところだが、念の為に店の柱時計を見ると、その針は十時十分を指している。時計の電池でも切れたか、妻と常連とで私をからかおうとでもしているのだろうかと当惑していると、重ねたせいろを抱えて戻ってきた妻が、
「本当に、食器はちゃんと積んできたのね。どんな手品?」
と狐に抓まれたような顔で首を傾げた。

そんな夢を見た。