第九十七夜

第九十七夜

授業の終わった姉に手を引かれて家に帰ると、普段ならこんなに早く帰宅しているはずのない母が落ち着かぬ様子で箪笥を漁り、旅行鞄へ荷物を詰めていた。

喪服や数珠を鞄に詰めながら姉に説明する母曰く、親戚の誰かが急死したのだという。私達姉妹は会ったこともないし、学校があるから帰省するのは母と父だけでよい。父が仕事から帰ったら直ぐに出発するから、きちんと戸締まりをして、火の元に気を付けて、早く寝ること。晩御飯のカレーと明日の朝御飯とは作っておいたから、ご飯だけ炊いて食べなさい。明日の夜には帰るから、姉は鍵を持って学校へ行きなさいということだった。

真面目でしっかり者の姉は一々首を縦に振ってみせ、最後に、
「御飯を炊く以外はいつも通りだから、安心して」
と請け負った。

夕方、どうにか定時で上がれたと疲れた表情で帰ってきた父に息をつく暇も与えずに荷物を持たせると、母は姉に頭を下げて後を頼んで出掛けてしまった。

何やらよくは分からぬが、宿題をやらなくても夜更かしをしても怒られないのだと了解してはしゃぎだした私を、姉は母そっくりの様子で叱った。姉はカレーを質にして私に宿題を済まさせると、テキパキと洗い物を済ませて私を風呂に入れて、
「お母さんがいない分、明日は早起きしなきゃならないから、早く寝るの。起きなかったら置いていくから、独りでお留守番よ」
と宣言してさっさと寝てしまった。

姉と並んで布団に入ってはみたものの、興奮して根付かれない。手持ち無沙汰に、月明かりでほの明るい天井を眺めながらその原因を考える。折角の夜更かしの機会を姉にたしなめられての口惜しさか、それとも両親が不在の夜の不安だろうか。

不意に遠くから近付く救急車のサイレンが聞こえ、やがて遠ざかって聞こえなくなった。

そうか。直接知らぬとは言え、親戚が亡くなったのだ。この救急車も、ひょっとしたら……。

そんな不安を口から吐き出したくて、左に寝ている姉に、
「ねえ、まだ起きてる？」
と声を掛けるが、返事はない。まだ起きていて、私を早く寝かせるためにわざと返事をしないのか、それとも本当に寝てしまっているのだろうか。

それを確かめるというわけでもないが、姉の方へ寝返りを打ってみると、秋田出身の母譲りで真っ白な姉の顔が月明かりに照らされて、真っ暗な部屋の中にぼんやりと冷たく光って見えた。

そんな夢を見た。