第八十八夜

 

稲刈りを終えても、冬支度に追われる村の秋は忙しい。それでも「雨の日くらいは相手をしろ」と庄屋様に呼ばれ、濡れ縁に腰掛けて碁を打っていた。なにしろ立派な屋敷で軒が深い作りなものだから、少々の秋湿りくらいでは濡れる心配はないのだ。

ただボロをまとって痩せた体には流石に寒さが少々堪える。そう不満を述べると、
「儂にはちょうど、過ごしやすい時候じゃが」
と、庄屋様は丸々とした頬と腹とを揺らして笑い、それから下女の娘を呼んで、
「湯を沸かして飲ませてやれ」
と命じる。程なく少女が湯呑みを二つ盆に載せ、
「旦那様はお茶になさいますか」
と問い、
「百姓の家に茶があるか」
と叱られて、失礼しましたと下がる。

しばらくして少女がまた縁にやってきて、
「この子をお膝にどうぞ」
という。見れば大きな黒猫が、腋の下に手を入れられて、少女の顔の下にだらりと長く垂れ下がっている。鼻先と腹と四つの足先だけが白く、短く曲がった尾をゆっくり左右に振っている。

少女が膝へ下ろすと、猫は暫く私を見上げ、幾度か脚を動かして座り心地を確保するとつまらなそうに雨の降る庭を眺め始める。

体が大きく喧嘩も強いのでここらの親分のような雄猫なのだが、少女のいうことなら何でも聞いてとても賢いのだと、少女は自分のことのように自慢する。が、庄屋様は口をヘの字に曲げて、
「ところがどうしたことだか、ネズミだけは獲りやがらない。和尚様に聞いてまじないなんかもしてみたが一向変わらん、穀潰しじゃよ」
と漏らす。

暫くその穀潰しの狭い額を撫でながら碁を打っていると、伴天連の宣教師が庭に現れた。ここらももう禁教令が行き渡っていて、雨の中可哀想だが構うわけにはいかないと断っても、
「何かお困りのことはありませんか」
と言って引かない。頬のこけ具合を見ても、相当に食い詰めているのだろう。
 「それなら」
と庄屋様は猫を指さして、それがネズミを取らんで困っている、ちゃんと仕事をするようにできるかと切り出した。無理難題を言って諦めさせようというわけか、碁の腕前は今一つだが、意地の悪いことには流石に知恵のまわるお人だと、猫を撫でながら感心する。

が、宣教師は猫の目のようにころりと顔色を明るくして、猫の手を墨で黒く塗ると良いという。どういうことかと尋ねると、
「私の国では、手袋をした猫は仕事をしないといいます。手袋のままでは、道具を上手く扱えません」
と言って笑った。

そんな夢を見た。