第八百二夜

 

 半年振りに出張で東京へ行っていた同僚が、土産のお菓子で膨らんだ紙袋を手に出社してきた。そこから一つを取り出して他の同僚に手渡し皆に配るよう頼むと、残りを休憩室に運び込む。
 給湯室でお茶を淹れ、配られたお菓子を早速頂きながら、久し振りの東京はどうだったかと尋ねると、流石に半年でどう変わるというものでもないが、春先に比べてこちらとの気温差が酷くて体を壊しそうだと笑う。こちらは緯度も高く、近くを流れる寒流の影響もあって朝晩は既に涼を感じる季節になっている。出先で大汗を搔いて着替える準備はしていたが、その頻度が想定を上回り、下着とワイシャツとで帰りの鞄は悲鳴を上げていたと肩を揺らす。
「ああ、でも変わったことといえば……」
と、とある大きな駅の名前を上げ、半地下になっているロータリィを知っているかと皆の顔を見回す。確か再開発の話を聞いたことがある。学生の頃は大学が近くにあったこともあり、乗り換えでしばしばその傍を通ったものだ。
「観光客で人が増えた上に工事中だとかで、大混雑ってネットで見ましたよ」
と同僚の一人が返事をすると、
「確かにそれもそうなんだけど、あそこって托鉢のお坊さんがいるのよ」
と言われ、そういえばそんなこともあったと思い出す。僧衣を着て笠を被り、左手にお鈴を持って立っている。お鈴に浄財を入れると右手に持った鈴を一つ振り、その音が人混みの雑踏の中でも意外に鋭く響き渡るので驚いたことがあった。
「へえ、そんな化石みたいな修行をする人が、まだいるもんなんだねぇ」
と昔を懐かしむ。すると彼は首を振り、
「いや、何が化石なものか。お鈴にタッチ決済用の端末が入っててさ、決済するとチリーンって音がするようになってたんだ」
と、仏道修行の世界にも電子化が押し寄せているのだと半ば呆れ顔で笑うのだった。
 そんな夢を見た。

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