第八夜

LEDの強い灯の下、ドラムの回る低い振動音を聞きながら、茶色いビニル張りの長椅子に深く腰を掛けて漫画雑誌の頁を捲る。洗濯機の振動音がこんなに大きく聞こえるのは深夜だからか。大通りの交通量も人通りも、普段この店を利用する土曜の昼間に比べずっと少ない。

目の奥が絞られるような軽い頭痛と肩凝りがしてきた。雑誌を長椅子に置いて目頭を左手の親指と人差指で摘み、右手で首を揉む。仕事で疲れた目にこの店の照明が祟ったか、慣れないことはするものではない。旧友の結婚式で土日を郷里で過ごすのでなければ、こんな疲れた体でこんな深夜に洗濯物を片付けようとは思わなかったろう。

目を閉じていると多少楽になる。もう目を疲れさせる気にもならず、雑誌を棚に戻そうと腰を上げ、なるべく光が目に入らぬよう細目を開けて棚と長椅子とを往復する。再び腰を下ろそうとしたとき、店の奥の乾燥機に大量の洗濯物が入ったままになっているのが薄く開けた目に入った。思い返せば店に入って直ぐ、空いている洗濯機の確認はしたが乾燥機は未確認だった。側に白いプラスティック製の籠が、取手を立てて置いてあるので、誰かが後で取りに来るつもりで放っているだけなのだろう。

洗濯機が止まり、乾燥機へ移すまではもう目を休めようと肚を決め、目頭を押さえながら膝の上に背を丸め、ロダンの『地獄について考える人』のような姿勢をとる。といっても、考えるのはそんなに高尚なことではない。

かといって、明日の荷物に何を入れるかの取捨選択をしなければと思いつつ、思考を占めるのは奥の乾燥機についてである。自分が店に着いてから、店内に出入りした客は一人もいない。洗濯機を操作し、雑誌を読んでいたからといって気付かぬことはなかろう。入店時に乾燥機は回っていただろうか。よく覚えていない。よく覚えてはいないが、誰もいない店内で洗濯機なり乾燥機なりが動いていれば、不用心な人もいるものだと印象に残るはずで、矢張りそのときには既に止まっていたのだろう。そろそろ洗濯機も止まるはずだから、最低でも二十分ほどは乾燥機の中身をほったらかしにしている計算になる。となると、衣類の持ち主は男性だろうか。女性ならば、自分の洗濯物を誰でも立ち入ることのできる場所に置いてあるというのは気持ちのいいものではなかろうから、可能性は低いだろう。何か余程の事情があれば話は別だが。こんな深夜に余程のの事情とはと考えたところで、あまり愉快な想像の出来そうにないことを悟って考えるのをやめる。
――……

不意に、店の奥から何か音が聞こえた気がする。単に音というよりは、猫か小型犬か、そういう小動物の小さく鳴く声のように思われたが、洗濯物の釦や紐の具合でそういう音のすることもあるだろう。
――ピー、ピー、ピー

高い電子音が三度響いて、思わず首を竦め、脱水が終わったことを悟って目を開け、腰を上げる。LEDの灯が目の奥に刺さるのを感じながら、薄目でプラスチックの籠に洗濯物を取り出し、乾燥機の一角、もっとも入口側の下段の扉を開けて籠を起きその左隣にしゃがみこむ。ぎっしりと絡まり固まったシャツやズボンをほぐしながら投入しつつも、矢張り件の乾燥機の中が気になる。窃視趣味など無いつもりだが、籠から次の衣類を取り出す動きに合わせて、誰に見られているわけでもないのに、誰に見られても不自然に思われぬよう注意しながら右肩越しに後ろを藪睨みして件の乾燥機の扉の窓から中身を伺うと、焦げ茶色と黄色のタオル地に、所々白い布地や紐状の何かが混ざっているようだ。

洗濯物を詰め終え、尻のポケットから小銭入れを取り出しつつ扉を閉めると、キィともピィとも付かぬ、金属同士が擦れて出すような、弱った小動物が鳴くような、微かな音がした。閉めた扉からではない、右肩の後ろ、件の乾燥機からだった。

そんな夢を見た。