第七百七十六夜

 

 目が覚めると低く唸る機械音と床の揺れに辺りを見回し、直ぐに自分が船に乗っていることを思い出した。仕事で飛行場の無い離島へ一晩掛けて向かうフェリーの中、雑魚寝で床に押し付けられていた側の尻や肩が痺れている。
 身体を起こし、借り物のブランケットを畳み、朝食前に洗面所で顔を洗う間中、欠伸が出て止まらない。慣れない揺れと機械音で余り眠れなかったためだろう。深夜になっても根付かれず、消灯された船内をよたよたと歩いて、暫く夜の海や空を見て過ごしたのも良くなかった。
 ただ、都会から離れた海上の空は空気が澄んで、驚くほど多くの明るい星が見られたのは嬉しい誤算だった。
 顔を洗って荷物を置いた客室に戻ると、周囲の客もぼちぼち荷物をまとめはじめている。到着まで三十分ほどとアナウンスが流れる。朝食にと持参した握り飯を船上で食べてしまうかどうか暫く悩み、せっかくだからとまとめた荷物を持って甲板に上がり、晴れた朝の海と飛び交うカモメをおかずにしようと思い付く。
 階段を上って甲板に出ると、船員達が慌ただしく行き来している。仕事とはいえ朝から大変なものだが、揺れる船をものともしない俊敏さには関心させられる。そのうちの一人がこちらを見て、眉間に皺を寄せながら小走りに駆け寄ってくる。この時間に甲板に上るのは規則違反ででもあったろうかと心拍数の上がる私に、
「すみません、母娘連れのお客様をご覧になりませんでしたか。娘さんは小学校の中学年くらいの」
と、真剣な目付きで問う。自分は二等客室という名の雑魚寝席で、周囲の見通しは利く。親子連れ、家族連れなら何組か見かけているが、その中に母娘二人は見かけなかったように思う。
 が、ふと昨晩の星空を思い出す。そう、寝付かれずに夜風を浴びようと上がった甲板の後部に、ちょうどそんな二人が見えたのだった。星を見たがる娘にせがまれたものか、母親が星を見せたがったものか、兎に角こんな時間に珍しい先客だと思ったのを思い出す。
 それを聞くと彼は他の船員を呼び、それは何時頃かだとか、どんな服装だったかなど二人で細々メモを取り無線機で何処かとやり取りをする。
 ご協力に感謝致しますと頭を下げる彼に何があったかと尋ねると、特等客室の客がモーニング・コールに応じずに、部屋を訪ねてみてもやはり姿がないのだと、彼は唇を噛み締めた。
 そんな夢を見た。

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