第七百七十五夜
「よし、それじゃあ皆で美味しいカレーを作って、お母さん達をびっくりさせよう!」
と張りのある声が炊事場に響いて、私を含む五人の子供達が事前に割り振られた仕事を始める。私はカレーの担当で、当面は火を起こして肉を炒めるように言われている。
火を起こす私の隣でシリコン製のまな板を広げて野菜の皮を剥いているのは父の勤め先でアルバイトをしている大学生のお兄さんだそうだ。
梅雨が来る前にと父が同僚や近所の同好の士と相談し、車で二時間ほどの小山の中のキャンプ場へやってきた。金曜夜に仮眠をとって、土曜になって間もない深夜二時に集合し、キャンプ場に着いたのが四時過ぎだった。そこで山から見下ろす東の海に朝日の上るのを見るのが目的の一つだった。
それを果たすと今度は男衆でテントを張り、女衆が用意した簡単な朝食を摂った。
この三家族でのキャンプはもう二年ほど続いていて何度目か知れないが、彼は今回が初めてだ。子供の頃からボーイ・スカウトをしていたそうで、テント設営時のロープ・ワークの手際や仕上がりの美しさは抜群で、特に男の子達とは直ぐに仲良くなってしまった。
昨晩から準備や運転で疲れ切っていた親達が、太陽が大分高くなっても尚起きてこないため、彼の指揮で昼食のカレーを作り始めたというわけだ。
子供達の学年に応じて米を研ぐ係、野菜を洗ってサラダを作る係などを割り振って、それぞれキャアキャア騒ぎながら楽しんでいる。
火の通った肉を更に退避させ、彼の用意した野菜を鍋に入れて炒め始めると、低学年組が研いだ米の入った飯盒を持ってきて、彼は中の様子を確認して火に掛ける。火を使う役は彼と、子供の中では最年長の私の仕事である。
野菜に火が通り、具と少しの水を加えて煮込み始めると、しばらくしてお兄さんは用を足してくると言って持ち場を離れる。まあ、子供達が火遊びをしに寄ってこない限りはアクを取りながら鍋をかきまぜるだけの仕事だ。ちょっと腕が疲れてきてはいるが、一人では難しい仕事というわけではない。
と、手にしたお玉の先に妙な感触があった。ちょっとした弾力のある塊が、お玉と鍋の底とに挟まれて押し返すような感触だ。なんとなく、ホタテの貝柱やぶつ切りにしたタコの足を思い浮かべる。が、今日はビーフ・カレーであって、野菜類を含めそんな弾力のあるものには心当たりがない。
ぶくぶくと煮立つ鍋を睨みながらかき混ぜていると再びお玉を弾力が押し返し、正体を見てやろうとお玉をこねくり回す。不思議なもので、鍋の中は泡と他の具材で見えないのに、手に伝わる感触でそれがきちんとお玉に収まったことがわかる。
濁ったスープからゆっくりとお玉を引き上げてみると、それはちょうど人差し指と親指で作った輪と同じくらいの大きさの目玉だった。思わずお玉を取り落とすと、それは鍋の下で燃える薪の中へ紛れてしまい、本当に目玉だったのか、何かの見間違いだったのか、確かめようがなくなってしまった。
そんな夢を見た。
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