第七百五十四夜

 

工房の責任者との商談はお互いに笑顔で纏まった。こちらの提示した条件に彼は始め狐に抓まれたような顔をして、眉に唾をつけるようにしてこちらの顔色を窺っていた。

こちらの条件が破格だったというよりは、これはあちらこちらの職人さんに共通することなのだが、自己評価が不当に低いからだろう。長年そういう不当な評価を受けて搾取されてきたのか、職人故に宣伝や商売について疎くてなのか、自分達の技術やその製品の価値を過小評価している。そんな人々に適正かどうか、ひとまずこれまで以上の報酬をもたらす代わりにご相伴に預かるのが私の商売だ。

書類やタブレット、ノートPCを片付ける私の向かいの席で、彼も再度確認しながら書類を一枚一枚クリア・ファイルに収めてゆく。その場の繋ぎにか、
「今日はもう日も暮れますが、何処かに宿はとっていらっしゃる?」
と尋ねるので、
「いえ、車で来ていますし、幸い道に雪もありませんでしたから」
と答え、
「ああ、そういえば」
と、こちらへ向かう道中に気になっていたことを思い出す。
「こちらへ向かう途中お囃子が聞こえたんですが、お祭りがあるんですか?」
すると彼は記憶を辿る音を鼻から小さく出しながら天井の方へ目を向け、ややあって、
「さあ、この辺りで直ぐ祭りってのは覚えがありませんが。伝統保存会がありますから、公民館の辺りでしたらその練習だったかもしれません」
と訝しげに説明してくれる。しかし、私がそれを聞いたのは街の中心部からちょっと山を登り、どうにか車の通る古い石の橋を過ぎる辺りだった。
 そう伝えると、
「へえ、それは珍しい」
彼は目を丸くする。なんでもその川、昔は子供といわず大人といわず多くの方が亡くなったものだそうで、河童の話が多く伝わっている。その一つに河童囃子というのがあって、
「河童どもが人をとるのにどうも計画のある場合があって、川でお囃子が聞こえたら、きまって三日の後に一人とられるっていうんです。私も高校の時分以外はずっとここですが、子供の頃に婆さんから聞いた話で、実際に聞いたなんて人は初めてですよ」
とポケットから携帯電話を取り出して耳に当て、相手の出るのを待つ間に、
「信じているわけじゃありませんけれどね」
と、橋の近くの集落の者へ連絡をするのだと教えてくれた。

そんな夢を見た。
 

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