第七百四十七夜

 

 在宅ワークを終えて夕飯の買い物から帰り、いつもの習慣で郵便受けを覗くと、宅配の不在票が入っていて首を傾げた。郵便受けは毎日カラにしているし、今日は一日中在宅で、呼び鈴が鳴らされていれば気が付いたはずだ。
 帰宅して案内に従い再配達の時刻を指定し、荷物を片付けて簡単な夕食を作り始める。と、間もなく電話が鳴る。見知らぬ番号だったがもしやと思って出てみると案の定、配送業者の男性からで、急ぎ火を止めて玄関に出ると、どこか安堵したような表情で荷物を抱えた彼がいつもの朗らかさで挨拶をしてくれる。
 軽く頭を下げながら「今日は在宅だったのだが呼び鈴に気付かなかったらしい」と言い訳をすると、
「いえ、どうもその、インターフォンが鳴っていないようでして」
と視線をドアの脇へ向ける。
 なるほどそういうこともあろう。言われてみれば電池を交換したのはいつだったか、朧気にすら覚えていない。それは失礼しましたと受け取った荷物を玄関の内へ置き、玄関から半身を乗り出してボタンを押してみる。

――ピンポーン

と部屋の中のモニタから電子音が聞こえてくる。
「鳴りましたね」
とやや気不味い思いで彼を振り返ると、ちょっと押してみてもよいかというので快くボタンを譲る。妙に真面目な表情でボタンを見詰め、ピンと伸ばした人差し指でボタンを押し込む。しばし沈黙が流れる。
「鳴りませんね」
と彼が私の顔を不思議そうに眺める。押したフリをしたというわけではなかろう。確かに数ミリ程度ボタンが沈むのは私の目にも見えた。
「押し方とか、速さとかですかね?」
と促すと、彼も色々と工夫をしながらボタンを押してみるが、やはりうんともすんとも言わない。
「まあ、後で電池を交換しておきます。どうしても鳴らないようなら、またお電話をいただければ」
と言うと、彼は今ひとつすっきりしない様子でアパートの前に停めたトラックへ戻って行った。
 そんな夢を見た。

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