第七百三十七夜
午前中で簡単なホーム・ルームを終えて帰宅しようと席を立ったところ、
「すみません、ちょっとだけお時間を宜しいでしょうか」
と女の子の声がした。目を遣ると何やら冊子の束を抱えた女子生徒が、担任の出ていった戸から教室を覗いている。このクラスの生徒ではない。
誰だろうかと皆訝る視線を送る中、彼女はおずおずと教室へ入り込んで教壇に立ち、
「えっと、オカルト部の者です。県外の大学を受験するために宿泊施設をご利用予定の方にお知らせとお願いがあります。こちらに、各地の宿泊施設の料金、交通の便、施設の評価等をまとめた冊子がありますので、受験の際に是非ご活用ください」
と言って冊子を教卓に置く。うちは県内でそこそこの公立進学校で、大都市近郊の大学を受験するものも多い。だからそうした情報をまとめた冊子が作られているというのはわかる。だが、
「またもし可能でしたら冊子に付属の用紙に、受験の終了後で構いません、利用した宿泊施設と利用料金等を記録して提出していただけないでしょうか」
と続ける彼女に、クラスの誰かがオカルト部がどうしてそんな冊子を作っているのかと尋ねる。そう、それを作っているのがオカルト部である理由がわからない。
「ええと、もう何十年も前からの伝統らしいんですけど、本当のところ宿泊施設の怪談を集めたり、『受かる部屋・落ちる部屋』みたいなジンクスがないかを調べたいと思った先輩がいたそうなんです。でも、単にそんなことを聞くだけじゃ協力してくれる人がいるはずがないということで、実際に役に立つ資料を作って、そのついでという格好でなら協力者が増えるんじゃないかと」。
そういう経緯で教師側からも許可が出て、この小冊子が編まれるようになったという。試しに手にとってその中を見てみると、多くの宿泊施設とその近郊の美味いもの屋、合格率の高い部屋番号などのデータがびっしりと書き込まれていた。
そんな夢を見た。
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