第七百三十一夜

 
 正月休みに帰省して年を越し、二日になると早くも皆暇を持て余してきた。来年が受験の甥に請われて勉強を教え、集中力の切れてきたところで一休みにしようと席を立ち、マグカップを片手に台所へ珈琲を淹れに行くと、小学校高学年の姪が眉をハの字に、
「ちょっと聞いてほしいものがある」
と言って小さなICレコーダを差し出す。

 画面には昨日の夕方の日付と時刻とを名にした録音ファイルが示されていて、本体のボタンを押すと直ぐ、ピアノの音が再生される。昨日この家の電子ピアノで弾いたものを録音したもののようだ。

 しばらく黙って耳を傾けていると、
「このへん、よく聞いて」
とレコーダを持つ手を耳に近付けさせられ、何やら小さな声でピアノに合わせて鼻歌を歌っているらしい子供の声がかろうじて聞き取れた。
「声とエレクトーンとをバランスよく録音するのは、レコーダだけじゃ難しいよね」
と慰めの言葉を口にすると、
「やっぱり、聞こえるよね?」
と泣きそうな顔をする。

 どういうことかと説明を求めると、これは電子ピアノの出力端子をレコーダのマイク端子に直接繋ぎ、レコーダのスピーカ端子から繋いだヘッドフォンを着けながら弾いて録音をしたものだという。

 マイク端子を繋いだら本体のマイクからは音を拾わないのが普通ではないか。これまで同じように録音をして外部の音が録音されたことはない。そもそも昨日の練習中には、後ろでやかましく遊んでいる子供連中こそいたものの、曲に合わせて歌った者はいなかったはずだ。

 姪はそういう意味のことを涙目になりながら早口に捲し立てる。

 なるほど、磁気テープの時代なら上書き前の音声が僅かに残ってしまうようなこともあったが、今のシリコンメモリにデジタル録音でそのような「二重録音」なんて起ころうはずもない。
「うーん、自分で弾いているときのヘッドフォンからも、この声は聞こえていたの?」
と尋ねると彼女は瞳を上に向けてきょろきょろと記憶を辿り、意識していなかっただけかもしれないが聞こえた記憶はないと否定する。
「うーん、機械によってはマイクの方の音が入るものもあるだろうし、設定で変更できるものもあるかもしれないから、そのへんの都合かなぁ」
と我ながら曖昧な意見を述べると彼女はまるで納得しない様子で、ならば、
「そういえば、この家には昔から座敷童が出るって話もあるから、それかもね」
と付け加えると座敷童子とは何かと食い付いて来る。

 珈琲をカップに注ぎながら、幽霊だとか悪霊だとかの悪いものではない、家に幸運を運んでくるいい妖怪だと説明すると、漸く彼女の眉間から歳に似合わぬ皺が取れた。

 そんな夢を見た。

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