第七百二十九夜

 

 サービスエリアに休憩で入り、特に尿意のあった訳では無いが腰の痛さに席を立った。何時間かぶりに座席から立ち上がって圧力から開放された尻に血が通うのがわかる。

 運転手に続いてバスを降りると、標高も手伝ってか澄んだ年末の冷気が頬を刺す。ここ数年は疫病騒ぎで帰省をしていなかったから、年の瀬の深夜に独特なこの雰囲気も久し振りだが、身体が冷える前にと足速に便所へ向かって用を足す。

 休憩時間は割と長い。酷い事故が相次いだ時期があって、運転手の待遇改善のために休憩時間や交代に様々の規則ができたためだという。とはいえ客にとっては深夜でも開いているのは食べ物屋ばかりで退屈だ。暫くあちこちを冷やかした後、温かい飲み物を買ってバスへ戻る。

 暫く戸を開け放しているとはいえ外に比べれば車内はずっと暖かい。戻ったばかりの鼻には客の誰かの弁当の残り香がきつく感じられるが、それもじきに慣れるだろう。

 上着を脱いで膝に掛けて到着近くまで仮眠をしようかと目を瞑るが、眠気はやってきそうにない。仕事納めから帰宅して一度シャワを浴びた後、出発時刻まで余裕があるからと仮眠を取ったのがいけなかったか。

 休憩時間も終わりに近付いたか、耳に運転手達の低く抑えた声での会話が聞こえてくる。
「これって、例の車両ですよね。」
「え?ああ、そう、あれね。ひょっとして初めてだっけ?」
「昼の便では乗ったこともあるんですけど、深夜便は……」
「うん、まあ気にすんな。耳元で訳のわからんことを囁かれるだけでなにかされるわけじゃないんだから。前だけ見てしっかり運転してりゃいいんだ」
「いや、そんな訳のわかんないの、怖くないんですか?」
「何とかは三日で慣れるって言うだろう?三度目からは『ああまたか』ってなもんだよ」
「そういうもんですかね……」。

その声に戸を閉める空圧の音が続き、エンジン音が一段高くなって、バスはゆっくりと動き始めた。
 そんな夢を見た。

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