第七十二夜

 

大学の夏休みは長過ぎる。そんな時間を持て余した学生達が集まる大学のサークル室で、時折雑談を交わしながら、あるものは勉強をし、またあるものは代々伝えられてきた漫画を読み、ゲームに興じている。

盆には帰省したか、郷里は何処かといった内容から、まだ暑い日の続くこともあってだろうか、地元や出身校の怪談話へ移り、幾つかありがちな怪談話が披露されてはありがちな反応を返すというやり取りがなされた。

怪談のネタが尽きたか、話が一段落したところで心理学科の女子学生が、
「皆は恐怖症、とまでは行かなくても、普通の人が平気なのに怖いものってある?」
と問う。昔は平気だったが今は虫が駄目になった、反対に自分は一人暮らしを始めてゴキブリが平気になった、実は高いところが駄目で、ゼミの教授の見晴らしの良い部屋が怖いと言い合っていると、材料工学科の学生が、
「俺、無いもの恐怖症」
と呟く。

寡黙な彼が喋ったことと「無いもの恐怖症」という耳慣れぬ言葉の響きとに皆興味を引かれ、
「何だそれ?」
「怖いものが無いってこと?」
などと口々に疑問を投げかける。
「んー」
と鼻から長く息を吐くと、左手に持ったシャープ・ペンシルで空中に文字を書く真似をしながら、彼は話し始める。
「名前があるのに、物体としても現象としても状態としても存在しないモノってあるじゃない。例えばリンゴなら、物体としての果実とか、植物種として存在する。雨や風なら現象として、平和や戦争は状態として存在していると言っていいと思う」

存外に慣れた調子で語るので、皆黙って彼の話に耳を傾けている。
「ところが、そういう存在の仕方もしていない、恐らく多くの人間の間で定義の共有も十分にできていないような概念を表す言葉がある」。
「例えば?」と問う女子学生を目だけで振り向き、
「『運』がわかりやすいかな。『運がいい』とか『運が悪い』って言う『巡り合わせ』の意味じゃなくて、『運が尽きた』とか『無駄に運を使った』とかいう、あの『運』ね。使うと何やら消費されて減少し挙句の果てには尽きてしまう。場合によっては傾いたり向いてきたり、人を見放したりするらしいけど――あ、これは巡り合わせの方かな――ともかく、その『運』」
と説明して言葉を切り、サークル室を見渡す。それを合図に、人生の間によい巡り合わせに恵まれる機会の総数を指すのだとか、それでは『不運に見舞われる』者は『運』が零なのか負なのか、いやいや『運』の総数と同じく『不運』の総数もあるのだとか、あちらこちらから意見が上がる。その様子を見て、
「ほら、少なくともこの場では定義を共有出来ていないよね」
と彼はもう一度サークル室を見渡す。

確かに、『使われたり尽きたりする運』が一体何を指しているものなのか、皆が共有しているとは言い難いようだ。
「で、こんな何とも定まらないものが、時として人の行動に影響を及ぼすことがある。努力の不足を棚に上げて『運が悪かった』と反省の邪魔になったり、犯罪の糾弾を諦めろと言われる口実に使われたり。普段は余り考えないようにしているんだけど……」。
そこまで言うと一度言葉を切り、声の調子を落としてこう続けた。
「有りもしないはずのモノが人の行動に影響を与えて、人に幸福感や不幸をもたらしていると思うと――それが偽りのものなのか、それとも感情なんてそんなものなのかはともかく――ぞっとするんだよね」。

そんな夢を見た。