第七百十九夜

 

 昼の最も混み合う時間を避けて少し遅い昼食をとりに学食へ向かうと、サークルの先輩が一人で座ってサンマを突いていた。挨拶をして隣の席に荷物を置かせてもらい熱いうどんをトレイに載せて戻ってくると、先輩はゆで卵の殻を剥いている。
 疫病騒ぎで運動量が減ったために筋力トレーニングを始めたと耳にしていたので、
「タンパク質の補給ですか?」
と尋ねると、
「俺が引き受けることになった理由は、そう」
と、彼は妙な含みのある言葉で肯定する。
「引き受けるってことは、先輩が買ったものじゃないってことですか?」
と重ねて問うと、大学の予算で購入しているもので、役目を終えたゆで卵の処分を最近になって彼が担当する用になったのだと頷く。

 何のことやらさっぱりだと表情に出ていたか、先輩はノビないうちにうどんを食べるようにと指摘して、自分は殻を剥きながら話し始める。

 医薬系、生物系の学部では、検体の提供者や実験動物のための供養塔が珍しくない。うちの大学にもキャンパスの片隅に人の背丈ほどもある巨石が建てられていて、年に一度は供養の儀式をする。

 が、それとは別に、研究室に神棚がある。大昔の先生が神主さんを呼んで祀ったもので、今でも毎日酒と、朝イチで学食から貰ってくる卵とをお供えしていて、それにはちゃんと予算がついているという。供養の追いつかないネズミ達が悪さをしないように睨みを利かせてくれるように、祀られているのは近所の溜池の水神、蛇の神様だそうだ。
「今年は珍しがった留学生がお供えの担当だったんだけど、急に国に帰っちゃってね。で、次の担当に筋トレをしてるからって白羽の矢が立ったわけ」
と、三盆指で目の前に掲げた卵をくるくると回す。
「急に帰っちゃったって、何かあったんですかね」
と、特に興味があったわけでもないが尋ねてみると、
「神経症っていうのかな、妙に怯えたり急にキョロキョロしたり叫んだり。それで体調不良だっていって辞めちゃったんだ」
 どうもその留学生は、はじめから卵が目的だったらしい。神棚の卵が異臭を放つようになって、古くなった卵を神棚に上げたまま放ったらかしていることが判明したそうだ。
「毎朝学食で受け取った卵の方は、お供えせずにそのまま食べてたみたいなんだよね。別にお供えした後で食べられるのに。まあ、バチでも当たったんだろう」
と溜息を付いてから、先輩は卵に齧り付いた。

 そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ