第七百十六夜

 

友人と二人で映画を見に行き、ホット・スナックと飲み物を手に席に着くと、互いに荷物番をして用を済ませた。二人揃って時刻を確認すると、上映が始まる迄まだまだ余裕がある。時間に追われるのが嫌いな性分の二人が揃うと、大概こうなるのだ。

まだちょっと時間があるねと普段より五割ほど控えた声を出すと、小首を傾げてバイト先での話をして好いかと、わざとらしく低く作った声を震わせこちらの目の奥を覗く。怖がらせようとしているような雰囲気を察し、映画の前にトイレの近くなるような話はやめてくれと言うと、
「怖いことはないから安心して」
と笑いながらぱたぱたと肩を叩く。

大学の近所の古書店に、ある日アルバイト募集の張り紙がされていた。拘束時間が短い代わりに時給が高く、本の虫としてはちょっと興味もあって応募した。中年のご夫婦が営んでいて、旦那さんが定期的に通院しなければならない病気になって、その時間だけ店番をしてほしいとのことだった。

大学近くということで専門書はもちろん、昔ながらの住宅地から駅への通り道にあることもあり、一般の書籍や子供向けの本まで幅広く取り扱っていて色々な年代のお客さんがやって来る。

ある日、授業を終えて古書店へ向かうと、小学校の中学年くらいの女の子が本棚を見上げていて、いらっしゃいませと挨拶をするとこんにちはと可愛らしい声が返ってきた。入れ替わりにご夫婦が奥へ入って通院の準備をし、間もなく、
「じゃ、いつも通りよろしく」
と店を出ていこうとすると、ちょうど女の子が、
「これ、お願いします」
と財布を左手にレジへやってきて、パントマイムのように空の右手で見えない何かをカウンタに置くような動作をしてみせた。右手の人差し指と親指の間は四センチほど、少し厚めのハードカバーの本を摘むような様子だった。

思わず目が丸くなった。彼女は本好きらしいと言っては偏見だろうか、歳の割に落ち着いた分別の有りそうな目をしていてとてもこちらをからかっているようには見えないし、実際のお店でごっこ遊びをするような年齢でもなかろう。
「ええっと……」
と何をどうして良いものか分からず、救いを求めて店主を見る。と、奥様が気付いて
「あらあら」
と言いながらやってきて、
「そのご本はね、実はあなたのために用意したプレゼントなの。よかったら受け取って頂戴」
と言って少女の頭を撫でる。

少女は破顔してお礼を言い、カウンタから見えない本を持ち上げて小脇に抱え、軽い足取りで店を出た。二人でその後ろ姿を見送ると、
「なんだかよくわからないんだけどね、人によって見えない本があるみたいなの。あの人と私で数が合わないなんてしょっちゅうで。今の子みたいに、見えない本を買いたがるお客さんは珍しいけどね」
と、奥さんは小さく微笑みながら説明してくれた。

そう説明する彼女もまた、上映前の場内の暗い照明の中、小さく微笑んでいた。

そんな夢を見た。

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