第六百九十七夜

 

いまひとつ納得の行かぬ思いで知人の店の扉を押すと、ドアベルのか細い音が店内に響いた。

互いに挨拶を交わすなり、
「何か嫌なことでも?」
と言われる。大したことでもないのに、そんなに露骨に表情に出ていたかと尋ねると、
「まあこっちは半分、それが仕事みたいなものだから」
と言いながら、彼は「いつもの」ツマミを用意し始める。
その背中へ、
「実は……」
と事情を話す。

先日、庭いじりの趣味の買い物を郊外の大型ホームセンターでした帰り道でのことだ。荷物を積んだ車を駐車場から出すと、すぐそばの中古車ディーラの前でちょうど信号が赤になった。

信号を待つ視界の隅に、一台の車が見えて、ふとそちらに顔を向けた。失礼ながら、大した車ではない。むしろ年式も古いのだが、にも関わらず新車が二台は買えそうな値札が付けられている。ひょっとしたら知る人ぞ知るような希少なものなのだろうかとその車のことが気になって、信号が変わると店へハンドルを切った。

すかさず現れた店員が駐車場の案内を始めるのを、
「いや、ちょっと聞きたいことがあって」
と遮り、先程の車は何故あんなに高い値が付いているのかと尋ねてみた。店員は嫌な顔もせず、
「いや、僕も詳しいことはわからないのですが……」
と前置きした上で、あの車は売り物ではなく、間違っても買いたいというものが現れないようにあの値段なのだと店長から聞いたことがあると話してくれた。
「売り物でない車を、わざわざ値札を付けて展示しているのは妙でしょう?その店員も、理由までは聞いていないそうで……」
と言ったところでマスターからジョッキを受け取り、口を付ける。
「そういうの、聞いたことがありますよ」
と流しを掃除しながらマスターが口を開く。仕事柄、色々な職業の人と話をする機会があるだけに、彼は驚くほど見識が広い。
「それがあると妙に売上が上がるとか、お客さんが増える車があるんですって。本当かどうかはわかりませんけど、中古車の競売っていうんですかね、業者が集まるオークションで、物の割に異常な値段で競われる車がたまにあるそうで、そういう招き猫みたいな車を見抜ける人ってのがいるんだそうです」。
「へえ、そんな車が」
と間の抜けた返事をすると、
「うちにもそういう酒瓶があればいいんですけどねぇ」
と苦笑い混じりの冗談が返ってきた。

そんな夢を見た。

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