第六十九夜

事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。

仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含め、視覚的にも聴覚的にも「五月蝿い」という印象が実に勿体無い。以前、服装と化粧と発声方法をもっと素朴にすれば人当たりが良くなるだろうと余計なことを言って、私のために化粧をしているわけではないと叱られた覚えがある。
「ほら、見て下さい」
と大声とともに彼女が差し出したのは、大きなガラス窓を背に体操服姿の高校生数人がカメラ目線でピースサインをしている写真だった。修学旅行か合宿だろうか、女子三名・男子二名が写っているが、どれも見たことのない顔ばかりである。
「君が写したの?」
と義務的な世間話として無難と思われる質問をする私に、これは友人の高校時代、陸上部の合宿のときの写真を借りてきたもので、彼女が直接関わっているわけではないと説明した後、そうではないもっとよく見ろと、何故か自信有りげな笑みを湛えながら踏ん反り返る。その言葉に漸くピンときて、私は写真を左上から右下まで、スキャナが画像を読み込むようにじっくりと写真を精査する。

彼女は私に心霊写真めいたものを持って来ては私に例の存在を認めろと迫る習性を持っていて、二ヶ月に一度程度はこうして仕事もないのに私の前に顔を出す。彼女の試みはこれまでのところ一度も成果を挙げておらず、毎度私がカラクリを説明しては彼女が頬を膨らませて帰るのである。
「特に、何も」

背景の大きな窓の外には夜の空が広がっている。どこかの宿泊施設だろう。撮影者とは少し角度がついて、窓ガラスが幾筋かフラッシュを白く照り返している。その手前には中学生か高校生か、学校指定の体操服を着た男女が合わせて五人、ピース・サインをしながら笑って並んでいる姿が胸から上だけ写っている。一面に広がるガラス窓からして、個別の寝室というよりは食堂のような空間なのだろう。バスト・アップで写しているのも、みぞおち辺りに食後の散らかったテーブルがあるからと考えれば納得だ。細かなところまで注意深く見たつもりだが、奇妙なところは特に無い、ごくありふれた合宿風景のスナップ写真である。

が、私の言葉を聞いた彼女はやれやれと芝居がかった仕方で首を振り、写真の背景を指し、
「ほら、この硝子の白い光……幾つもの手形と……ほら、こっちは顔……」
と震えた声を出す。派手な装飾の施された爪の示す辺りを見ると、窓硝子には間延びした手形のようなものが三つ、何の形をしているとも言えない筋が無数に、そしてちょうど二つの目と大きく空けた口のような位置関係にぽっかりと黒い闇を残して白く見える楕円形が一つ、フラッシュを反射して白々と写っている。が、「ちょっと」と言って彼女の指をどけさせると、いずれも一様に白いというのではなく、はっきりと濃淡がある。縁や薄い部分をよく見れば虹色のグラデーションも確認できる。手に関しては明らかに、子供たちが窓に触れたり、そこで手を滑らせた際にできる脂汚れがフラッシュを反射したものである。一見顔のようにみえるものも、その汚れを雑に拭いた際に脂の残って光を反射する部分と、拭き取れて窓の外の闇を黒々と透かす部分とができただけのことである。

そういうカラクリを丁寧に説明してやるうちに、彼女の頬が膨んでその持ち主が不機嫌であると主張し始めたため、脂が顔のような形に拭き残されたのがただの偶然ではなく、
「何らかの霊的なものが働いたためだという可能性は否定できないけどね」
と慰めると彼女はいつもより一オクターブ高い声で、
「やっぱり霊の存在は否定できないんですね」
と、ふんぞり返る。

だからといって何の証明にもなっていないのだけれどと言おうとして、余計なことであると思い留まる。

そんな夢を見た。

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